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ひまわりとさくら 【 おわり 】





「―――ってわけで、その洋服はそのときのものだよ」
懐かしいなぁ、とロシアは水干を自身に当ててみるけれども、今の彼は身長が180センチメートルを越えている。五歳児用の着物は当然合わず、それがかえって嬉しいのか歓声を挙げている。籠の中に手を突っ込み、何故か綺麗なままの茶碗や自分の描いた向日葵を眺めて楽しんでいる傍ら、リトアニア、エストニア、ラトビアはひそひそと額を突き合わせた。
「まさか、あの日本さんがロシアさんの面倒を見てたなんて・・・」
「で、でも日本さんが育てたなら、ロシアさんももっと普通に育ってたんじゃ・・・」
「一年だったから基盤を作るには短すぎたのかも・・・」
もっと長い間日本さんのところで学んでくれればよかったのに、と三人は嘆きあう。話からするに、日本はとてもまともで優れた教訓をロシアに授け、家事などの面においても自分のことは自分で出来るよう、きちんと彼を養育していた。それなのに何故、ロシアは今のように育ってしまったのだろう。五歳のロシアのまま育ってくれたなら、きっともっと普通に優しく、間違っても裏で「おそろしあ様」なんて呼ばれることはなかったはずだ。しかし現実がそうでないことを身に沁みて理解している三人は、しくしくと泣きたくならずにはいられない。
「僕も大きくなってから改めて交易を申し込んだんだけど、そのときの日本君の上司が外国嫌いで。あのときは悲しかったなぁ」
にこにこと笑顔で話すロシアに、悲しげな様子は微塵もない。ふらぁっとラトビアが傾いた。
「仕舞いには鎖国しちゃって、もう本当に日本君の上司を呪おうと思ったよ。ちょっと呪っちゃったけど」
「なるほど、だからアメリカさんが黒船を率いてやって来たわけですか。まったく余計なことをしてくれますね、あなたは」
「日本君!」
恐ろしいことをさらりと述べるロシアに、棘を張り巡らせた涼やかな声が重なる。案内人によって開かれた扉から現れたのは、まさに話題の人である日本だった。公式の場ではないからか、スーツではなく着物をまとっている。それは籠から出てきた水干ではなく、いたってシンプルな、リトアニアたちが想像する代表例のような着物だった。男性用なので女性ほど色鮮やかではないけれど、浅葱が生地とあいまって落ち着いた色合いを見せている。
ロシアは手にしていた水干を放り出そうとして、思い直して丁寧に籠にしまって、いそいそと日本に近づく。リトアニアたちに挨拶を述べていた日本はロシアと向きなった。先ほどの話とは逆転してしまっている身長差から、日本がロシアを見上げる形になる。
「日本君、どうしたの? 僕のところに来てくれるなんて珍しいね」
「先日のモーターショーのカタログをお持ちしました。欲しいと仰っていたでしょう?」
「わぁ、覚えててくれたんだ」
「そうやって純粋に笑っていれば、あなたも可愛らしいんですけれどね」
耳を疑う台詞に、ついにラトビアが倒れた。エストニアが名を叫ぼうとするけれども、リトアニアが手で塞いで必死にそれを押し込めさせる。きょとんと目を瞬いたロシアは、日本が珍しく自分に対して穏やかに接してくれていることに気がついた。様々な紆余曲折を経た結果、今の日本がこうして微笑んでくれることなど皆無に等しい。見惚れた桜が一瞬で蘇る。おずおずと、ロシアは訴えた。
「・・・・・・僕、ちゃんと自分で着物を畳んでしまったよ?」
褒めて褒めて、とまるで五歳児に戻ったかのように待つロシアに、日本も目を瞬いてから苦笑する。まぁ、たまにはこんなのも、と小さく呟いて、袂を押さえ高い位置にある金髪に手を伸ばす。少し屈められることで届いたそれを優しく撫でて、日本も昔のように微笑んだ。
「良く出来ましたね、ロシアさん」
その様はとても穏やかで、まるで兄弟や親子のように温かかったのだけれども。だけれども、リトアニアとエストニアは恐怖に震えることしか出来なかった。普段は険悪な、会えば拒絶ばかりを示す日本が、ロシアを甘やかしている。普段は得体の知れない、恐ろしい言動ばかりを繰り出すロシアが、日本に甘えている。地獄絵図よりも恐ろしくありえない光景に、リトアニアとエストニアは手を取り合って震えた。恐ろしい。恐ろしすぎる。過去の経緯を知って、二人は認識を新たにしていた。
やっぱりロシアさんと日本さんは切っても切れない関係なのだ、と。





せっかくなので、最後までほのぼのしてみました。
2007年11月5日(2008年12月21日mixiより再録)