ひまわりとさくら 【 冬 】
喪失と決意の秋を経て、この国にも冬がやってきた。確かに空気が冷えるし雪も降るけれども、ロシアとは比べるべくもないほど温かい。囲炉裏ひとつで耐えられる日々の中、ロシアは毎晩日本と同じ布団で寝ていた。これは単純に二人で寝た方が温かいという考えから来るものであって、ロシアの子供体温に日本が目をつけたからでもある。
「春が来たら、ロシアさんもお国に戻らないといけませんね」
早朝、雪と霜の降りた庭を眺め、二人して火鉢を囲みながら、日本がぽつりと言った。彼の膝の上でうとうとしかけていたロシアも、告げられた内容に目を覚ます。ふに、と柔らかな子供の頬を指でつつきながら、日本は続ける。
「この国に来て、もう一年です。私に教えられることはすべてお話しましたし、後はロシアさんの頑張り次第です。上司の方からも、そろそろというお手紙を頂いておりますし」
「・・・・・・うぉとかー」
「聞きましたよ。『うぉとか』とはロシアさんのところのお酒なのでしょう? いくら寒いとはいえロシアさんはまだ幼いのですから、飲みすぎては駄目ですよ」
「こるー・・・」
「それはロシアさんの上司の方もご存知ありませんでしたねぇ」
一体何なのでしょう、と日本は首を傾げる。ロシア自身にもよく分からない。だけど大切な言葉のような気がするのだ。
「何か困ったことがあったら、上司の方とよく相談してくださいね。それでも解決しなかったら、私にも連絡をください。お役に立てるかはその時々にも依りますが、出来る限り協力させていただきますから」
「・・・・・・にほんー」
「おや、ようやく私の名前を呼んでくださいましたね」
膝の上から手を伸ばしてくるロシアに、日本は揶揄するように笑った。その表情は温かく、ロシアが初めて目にし、感動した春の桜を思い出す。次にあの花が咲くとき、自分は白銀の自国に帰らなくてはいけない。やっと一人で着られるようになった着物とも、味の多彩さと目にも美味しい和食とも、鮮やかで麗らかな四季とも、大好きな日本とも、もうお別れ。
それは仕方のないことなのだ。日本もロシアも互いに別の土地、別の国の化身なのだから、ずっと共にいることは出来ない。知り合えただけで幸せなのだとロシアは思うことにした。それにロシアをもっと大きくて立派な国にして、そして日本に正式な国交を申し込めばいいのだ。今はまだ生まれたばかりで小さいけれど、ロシアはもっと強くなれる。日本の背を追い越して、今度は逆に、日本を膝の上に座らせられるようになりたい。そんな未来を想像したら楽しみになって、ロシアは「うぉとかー」と喜んだ。
「にほんーにほんーにほんー」
「はいはい、今日のお夕飯は何がいいですか?」
「にほーん」
「いい蜆を頂きましたから、お味噌汁でも作りましょうかねぇ」
「にほんー」
ぎゅうっと抱きつくと、苦しいですよ、と日本が言う。だけど剥がされることはなくて、ロシアはにこにこ笑いながらじゃれついていた。窓の外はロシアの嫌いな雪景色だというのに、今はちっとも嫌じゃない。日本が傍にいるからだとロシアは分かっていた。家族になれたらいいのに。そんなことを思う。
ひと月後、やはり桜の花が舞う中で、ロシアは日本に見送られて島国を後にした。よろしければ思い出に、と渡された大きな籠の中には、ロシアの着ていた水干と使っていた茶碗や箸、桜や向日葵の絵が収められていた。上司に連れられ、何度も振り返っては大きく手を振るロシアを、日本は見えなくなるまで見送ってくれた。温かい日本。大好き。ロシアの幼心にその感情は刻まれた。
それはとってもとっても大切で、宝物のようにきらきらした一年だった。
間違いなく素地はここで作られたのかと。
2007年11月4日(2008年12月21日mixiより再録)