ひまわりとさくら 【 夏 】





日本での生活は、ロシアにとって目新しいものばかりだった。木の家に住んでいること、その木の家でも寒くない気候であること。布を巻きつけるような服も初めてで、日本はロシアのために「水干」という名の着物を用意してくれた。明るい水色のそれを「ロシアさんの瞳に合わせて」と言った日本自身は、水干よりも簡素な作りの「狩衣」という服を着ていた。ひらひらと揺れる袖が気になって触っていると、日本が柔らかく自分を見つめていて、その度にロシアはほわ、となってしまった。日本は桜だ。淡いピンクの、小さな花。
「私たちは国ですが、出来ることなどそう多くはないのですよ。せいぜい上司の愚痴を聞き、政策を聞き、そして交渉の席につくことくらいです」
日本は童話を聞かせるかのように、国についての在り方をロシアに教えた。それは一緒に山菜を採りに山へ行った帰りだったり、水浴びをしたり、市へ買い物に出たときだったり、様々だった。今日は二人で田植えをしている。山の桜はすでにその花を散らせ、色濃い緑へと変わっていた。
「私たちの未来は、上司と国民の皆さんによって決められます。ただ、在ればいいのです。だけどひとつだけ大切なことがあります」
何か分かりますか、と日本が聞いてくる。彼はいつもロシアに視線を合わせており、家では床に直接座ることを差し引いても目線を同じ高さにしてきた。首を傾げれば、日本はふわりと微笑む。
「それは、自国の民を愛することです」
瞳を瞬いたロシアに、日本は稲を植えながら話を続ける。さすがに農作業なので、今日は二人とも継ぎ接ぎの多い着物を着ている。
「私たちは国自身のため、政策に口を出すことは出来ません。この身の明日を担うのは、この国の民たちです。だからこそ私たちは自国の民を信じ、愛さなくてはなりません」
ロシアは膝上まで泥に浸かりながら、日本に言われたとおり、稲をまっすぐに植えていく。頬についた泥は日本が優しく拭ってくれた。
「土地だけあっても国は成り立ちません。民がいるからこそ、私たちは存在することが出来る。感謝の気持ちを忘れずに接すれば、きっとどんな方とも仲良くなれますよ」
日本は島国でありながらも、大陸に座す国としての心構えを説いてくれた。分かりやすく簡単な言葉で、ロシアが理解したのを確認してからその先に進む。柔らかな物腰は中国にもロシアの上司にもないもので、初めて目の当たりにするタイプにロシアはふわふわしっぱなしだった。何と言えばいいのか、言葉が見つからない。見つける必要がないのだと、日本の瞳を見る度に思う。
「あぁ、見てください、ロシアさん。向日葵ですよ。もう夏が来るんですね」
田植えの帰り、二人してどろどろになりながらのんびり歩いている最中、日本が川向かいを指差す。大輪の花はロシアの焦がれる真夏の太陽のようで、思わず日本を見上げて尋ねてしまった。
「ひまわり?」
「―――ええ、向日葵です。日本では夏を代表する花のひとつですね」
日本に来てから三ヶ月、初めてロシアが喋ったことに驚いたのだろう。けれどそれをおくびにも出さず、日本は「もうすぐうちの庭でも咲きますよ」と微笑んだ。青空、暑いくらいの日差し、向日葵、日本。好きなものがいっぱいで、嬉しくなってロシアは繋がれている手を振った。
「うぉとかー」
何ですか、それ、と日本が不思議そうに首を傾げた。





この頃、日本に向日葵はありません。17世紀に来たらしいです。
2007年11月3日(2008年12月21日mixiより再録)