きらきら。てるてる。きらてるる。
きらきらてるる
共同生活を送っているトルコが日本に会いに行くと聞いて、ギリシャは彼の船にこっそりと忍び込んだ。もちろんすぐに見つかって首根っこを引っつかまれたが、そのときにはすでに岸を離れており、悪戯な計画はギリシャの勝利に終わった。平気で海に投げ捨てようとするトルコに蹴りを一発かましたけれど、結局は自分の面倒は自分で見るという約束をすることで下船させられることは免れた。うきうきしながら、ギリシャは極東の島国を思う。過去に二回ほど会ったことのある日本は、それはそれは綺麗で優しい人だった。大輪の華の咲いたきらきらしているキモノという服を着て、長くてまっすぐな髪にも花を飾って、子供のギリシャにも目線を合わせて「ギリシャさん」と笑いかけてくれる。きらきらした日本が、ギリシャはとっても好きだった。
そしてようやく到着した日本で、気に入らないけれどトルコにくっついて日本宅まで向かったのだが。
「いらっしゃいませ、トルコさん、ギリシャさん」
がらがらと横にスライドするドアを開けて現れた日本は、きらきらしていなかった。上から下まで、ギリシャは彼女をきょとんと見上げる。着物には華が咲いておらず、髪の毛も背中に流れていない。薄い臙脂の生地に柄はなく、簪も挿さずにくるりとまとめられている髪。ギリシャの知るきらきらな日本はいなかった。だからつい、言ってしまった。
「・・・・・・日本、地味。きらきらは?」
言い終わるか否かの瞬間に、ごん、とギリシャの頭が沈んだ。真上から全力で落とされた拳が、ギリシャの小さな頭に激突する。日本はぱちぱちと目を瞬いており、ギリシャは痛みに頭を抱えながらトルコを睨んだ。身長差と逆光で仮面がいつもより恐ろしく見える。それでも慣れで読むことの出来る機嫌はいつになく怒気を抱えていて、ギリシャはぎくりと身を震わせた。しかしそれも日本に向くと、彼女専用の笑顔になっている。
「いやーすんませんね、日本さん。こいつてんで餓鬼なもんで。礼儀っつーもんが分かってねぇんすよ」
「・・・・・・あ、いえ」
トルコに言葉を返しながらも、日本はまだ驚いたように目を瞬いている。けれどすぐに目元を和らげて、膝を折った。大丈夫ですか、とギリシャの頭にそっと手を載せ、柔らかく撫でてくれる。ふわんと良い匂いがして、ギリシャは日本を見た。
「すみません、ギリシャさん。今回はお仕事ではなく私用でいらっしゃるとお聞きしていたので、晴着ではなく普段着でお迎えしてしまいました」
「・・・・・・はれぎ?」
「ええ。ギリシャさんの仰る『きらきら』は、以前お会いしたときに私が着ていた大きな花の柄の着物のことでしょう? あれは晴着といいまして、他国を訪問するときや公式の場で纏う正装なのです」
「じゃあ今は・・・?」
「これは色無地といって、まぁ普段着のようなものですね。晴着は『きらきら』していて、お掃除やお料理、お洗濯には向きませんから。でもギリシャさんたちがお見えるなるのですし、やはり正装でお出迎えするべきでしたね」
「いいんすよ、日本さん。こいつの言うことは気にしねぇでくれ」
「遠路はるばるようこそおいでくださいました。お疲れでしょう。どうぞおあがりください」
トルコに微笑をひとつ返して、日本は二人を家の中へと誘う。桜の季節にはまだ早いが、日差しの温かい縁側に面した部屋に通され、ギリシャは初めて見る畳という床にぺとりと手をくっつける。その様子を微笑ましそうに見やり、日本は茶を入れるために席を外した。刹那、第二撃目がまたしても頭に叩き落され、ギリシャはごんっという音を立てて畳に額を打ち付けた。
「日本さんに余計なこと言うんじゃねぇぜ、このクソ餓鬼が」
ぎりっと睨み返せば、座布団の上からトルコの長い足がギリシャに向かって伸びていた。
「派手な服を着て輝くもんを頭に挿してりゃ、そいつは全部『きらきら』だとでも思ってんのか? はっ! だとしたら本気で餓鬼だな」
「・・・・・・ギリシャ、ガキじゃない」
「餓鬼だろ、餓鬼。てんで餓鬼だ。日本さんを傷つけやがって」
「え」
思いがけない言葉に顔を上げれば、仮面のトルコはやはり不機嫌な気配を漂わせている。ちっとあからさまに舌打ちし、いいか、と今度はギリシャの頭を鷲掴みにした。
「派手な格好してるだけが『きらきら』じゃねぇ。日本さんはどんな格好をしてても日本さんだ。あの人は内面が『きらきら』してるから、どんな格好でも関係ねぇんだよ」
「・・・・・・ギリシャ、日本を傷つけた?」
「おうおう、傷つけてくれやがったぜ。あの人はただでさえ、自分が黒髪黒目で欧米人みたいに『キラキラ』してないことを気にしてるってのに、おめーはよぉ」
「日本、『きらきら』してる。服じゃない。ギリシャ、日本の長い髪も好き」
「じゃあ日本さんが髪を短くしたら嫌いになるってのか? マジで救えねぇ餓鬼だな。いいか、日本さんが好きなら言動には気をつけろ。余計なこと言って嫌われても俺は知らねぇからな」
ばっと顔を上げてトルコを見ようとしたが、静かに開かれた襖に遮られる。
「お待たせしました。粗茶ですが・・・」
「ありがとうございやす、日本さん。この菓子は何て菓子なんでぇ?」
「桜餅といいます。餡子を餅で包み、さらに塩漬けした桜の葉で包んだものです。葉も食べられますので、よろしければギリシャさんもどうぞ」
低いテーブルにお茶と菓子を並べ、日本がギリシャを振り向く。その際に黒くて長い髪が揺れた。さっきは纏め上げていたのに、今は背に下ろされ、そして大きな華のついた簪が挿されている。開かれている縁側から差し込んでくる太陽が、華にキラキラと反射した。そのことに気づいて、ギリシャの胸がぎゅうっと苦しくなる。殴られた頭よりも打ち付けた額よりも、日本の気遣いが自分のせいだと分かってしまったから、その分だけ嫌われてしまうんじゃないかと考えたら恐ろしくなった。
「ギリシャさん?」
日本が首を傾げて不思議そうに顔を覗き込んでくる。長い髪がさらさら揺れる。大好きなきらきらだけれど、そんなもの関係ないとギリシャは思った。きらきらとか関係ない。ただ、嫌わないで欲しい。日本に嫌われたくない。好きでいて欲しい。そう思ったら言葉がギリシャの口を突いて出た。
「ごめんなさい、日本」
きゅっとズボンを握り締める。ぱちりと、黒い瞳が瞬かれた。
「ごめんなさい、日本。日本は地味じゃない。きれい」
「・・・・・・ありがとうございます、ギリシャさん」
「嘘じゃない。日本、きれい。きらきら」
「ありがとうございます」
礼を述べているのに、笑っているのに、日本は何故か困っているようにギリシャには見えた。視界の端っこでトルコが「そら見やがれ」とでも言うかのように雰囲気を歪めている。ギリシャは自分が日本を傷つけてしまったのだと痛感した。何気ない一言にも気を配るべきだったのだ。日本に好きでいて欲しいのだったら、日本を悲しませることはしてはいけない。
「・・・・・・日本」
「はい、ギリシャさん」
「すき。ギリシャ、日本のこと大好き」
謝っても困った顔しかさせられないから、思い切って反対のことを言ってみた。日本はきょとんと目を瞬いて、やはり「ありがとうございます」と笑う。けれどそれが困ったものではなく照れたもののように見えたから、ギリシャは近づいて、日本の色の白い頬にちゅっとキスをした。欧米人とは違う、ミルク色の肌が薔薇色に染まる。きらきら、とギリシャは見惚れた。
「てめぇこのクソ餓鬼! 日本さんに何しやがるっ!」
三度目の拳骨を食らってもギリシャは平気だった。だって日本が「トルコさん!」と怒ってくれて、大丈夫ですかと頭を撫でてくれる。柄がひとつもない着物に抱きついて、ギリシャは心の中で誓った。これからはいっぱい日本に「大好き」と言おうと。
腕の中から見上げた日本は、服も髪も関係ない、ギリシャの大好きな日本だった。
きらきら。きらきら。
2007年8月19日