空を見上げると、走ることを思い出す。靴底を強く蹴りだし、街中だろうと荒野だろうと、ただがむしゃらに走り抜ける。ぶつかった相手には「悪い」と告げて、咲いている花は思い切り飛び越えて、ただ満足するまで走り続ける。そして体力が底を尽きる頃にはその足を止めて、空を仰いで息を吸い込む。一面に広がる空は今はもう見上げるだけだけれど、忘れない、覚えている。あの人と共に地上に出た日、空は自分たちのものだった。
風が吹くと、食べることを思い出す。手当たりしだい店に入って、メニューを端から注文していく。持ち金がなくなったら、皿洗いでも呼び込みでもして、とりあえず満足いくまで食べ続ける。そして胃袋が限界を迎える頃にはその手を止めて、空の皿を眺めて息を吐き出す。出される料理は今はもう大衆向けの当たり外れのないものだけだけれど、忘れない、覚えている。彼女の作ってくれたご飯は、すべて自分のためのものだった。
太陽が降り注ぐと、笑うことを思い出す。何が面白いわけでもないのに、腹を抱えて笑い始める。擦れ違う人からは訝しい眼差しを向けられることが多いけれども、それこそ道に転がってでも笑い続ける。そして喉が嗄れかけた頃にはその声を止めて、柔らかに笑んだ己の唇を指でなぞる。出来事を共有する誰かは今はもういないけれども、忘れない、覚えている。戦いの中に日常があり、日常の中に彼らが居て、それが皆の幸福だった。
大地を見下ろすと、眠ることを思い出す。荷物を放り出して、太陽の位置がどの場所にあろうと、目を閉じていびきを立てる。夢も見ないほど深く眠って、雨が降ろうと雪が積もろうと、日にちの間隔さえ忘れるほどに眠り続ける。そして頭が痛くなりそうな頃にはその目を開けて、欠伸をしてから身体を起こす。近しい大地は今はもう暗闇だけではないけれど、忘れない、覚えている。存在している己のルーツは、間違いなく地の下にある。
「アニキは俺を空に導いてくれて、ニアは風の中に帰っていった。みんなは太陽のように強く輝いて、俺は大地にドリルを突き刺している」
手を握り、開く。足を持ち上げ、下ろす。息を吸い込み、吐き出す。すべてが滑らかだ。心の底からシモンは笑う。
「俺は、この宇宙が大好きだ」
それが誇りだと、彼はすべてに向けて高らかに叫んだ。
銀河と俺と
(最終話数年後のシモンをイメージ。)
2008年8月2日