女性が抱えるにしてはいささか大きいこの本を、片手で持てるようになったのは何時だっただろうか。大切に守るためには金庫に入れておいた方が得策かもしれないが、それでは彼の役に立つことが出来ない。片手で持ち、尚且つ華麗に身を舞わせて、相手を叩き潰してこそ、自分の存在には意味があるのだから。抱えるには重過ぎるこの本を、決して放すつもりはないとシェリーは誓う。そう、最後の一人になるまで、この本は手放さないと誓った。
「シェリー」
低い、子供の癖に恐ろしい声に名を呼ばれることにも慣れてしまった。くすりと笑い、椅子代わりにしていた石から立ち上がる。気難しい顔が地顔なのだと知っている。それすら今は王者のものに見えてきたから、年月とは偉大だ。いや、偉大なのは信頼か。
「ブラゴ、見つかったの?」
「あぁ。一キロ先の洞窟だ」
「そう。じゃあ行きましょ」
踏みしめるのは舗装されたアスファルトでも石畳でも、美しい芝生でもない。大地がむき出しになり、木々の根が凹凸を作り、丈の長い草が好き勝手に生えている未開の地。蔓延る蔦を掻き分けるのにも慣れてしまった。名門シェリー家の令嬢が何たること。
だが、今はそれが心地よい。箱庭のお嬢様ではなく、自らの足でこの大地に立っている。自らの意思で親友を救うと願い、それをなすことが出来た。誇れる自分に一歩近づけたと思う。それもすべて、前を行く彼のおかげだ。
「ブラゴ」
「何だ」
返される声すら愛想がないから頼もしい。
「私は必ず、あなたを王にしてみせるわ」
ちらりと振り向いた血色の悪い顔は、今更何だと如実に語っている。再確認よ、と令嬢らしい優雅な笑みを意識して浮かべ、シェリーは進む足を促す。向かう先は戦場だ。今はもう、この世の何からも逃げようとは思わない。
あなたに会えて良かった。漆黒の背中に、シェリーは心の中で何度目か分からない感謝を送った。
親愛なる誓いと果断
(あなたのパートナーになれたことを、生涯誇りに思うわ。)
2007年8月12日