トレミーの皆は家族なのだと、フェルトが、アレルヤが言ったらしい。それを聞いてスメラギは柔らかに笑ったし、イアンは「じゃあ俺は父親だな!」と胸を張った。ティエリアでさえほのかに目元を和らげていたけれども、それでもライルは調子を合わせて頷く努力をしなければならなかった。家族。その単語を聞いて抱いてしまったイメージが、あまりに彼らの様子からかけ離れていたのだ。それと分からないように眉を顰めていれば、窓ガラスに映っている刹那が目に入った。年下の同僚の表情にも喜びの感情が見い出せなかったから、ライルは勝手に刹那も家族について良い思い出がないのだと推測した。
向かい合えない僕らを人は
ライルにとっての家族とは、帰るべき場所だ。暖かい部屋に、作りたての夕食の匂い。少し散らかったリビングを通って、つまみ食いしたところを母親に窘められる。テレビを見ている妹をからかって、帰宅した父親を出迎えて、そしてニールと共に食卓の椅子につけば、全員揃った夕飯が始まる。話すのは一日にあったことばかりで、上がる笑い声、時に怒り声。それでも誰もが笑顔であって、その温かな場所がライルにとっての帰るべき場所だった。少なくとも、あの時まではそうだった。
「俺にとっての『家族』ってのはさ、喪っちまうものって印象なんだよなぁ」
ミーティングを終えて、散会の合図を受けた後にライルは刹那を捕まえた。ちょっと何か飲もうぜ、というナンパの常套句のような言葉に、刹那はじっとライルを見上げて頷き、自ら先に休憩室へと向かう。ティエリアはさっさと自室に戻っていたし、アレルヤはマリーのいる部屋へと向かってしまった。ライルもようやく慣れ始めたプトレマイオス内を迷うことなく刹那についていく。飲み物は互いにコーヒーを選んだ。
「だから正直微妙なんだよ、『家族』って言われても。ここもいずれ喪うものだって言われてるような気がしてさ」
「フェルトもアレルヤも、そんなつもりで言ったんじゃない」
「そりゃ分かってるよ」
「フェルトは両親がソレスタルビーイングのメンバーだった。アレルヤは両親の顔を知らないらしい。だからこそ、ここを家族だと言ったんだろう。おまえの言葉を借りるなら、ここが二人にとっての『帰るべき場所』なんだ」
刹那の言葉は暗に、彼らにはソレスタルビーイング以外に帰る場所がないのだと言っていた。それを察してライルは肩を竦める。確かにプトレマイオスに乗っている面々は、誰もがその背景を感じさせない。家族や恋人や友人といった、本来人が複数持ち得る『居場所』を、他に有している気配がないのだ。失ったからこそ組織に参加しているのだといえばそれまでだが、それにしたってとライルは思う。喪失した存在のためだけに、いつまで人は戦えるのか。ちくりと胸が痛む。
「そんで刹那? おまえにとって『家族』ってのはどんな存在なんだ?」
ライルからしてみれば、二十歳になる刹那はまだ子供の範囲内に入る。一途にガンダムに傾倒し、戦場を駆け巡る姿は確かに戦士のものだけれど、それでも作り物めいた美貌のティエリアとは違って僅かな温かさを感じさせる。これはおそらく、刹那が家族を知っていることに由来するのだろう。自分と同じ、幸せな家族に育ち、それを喪った者。ライルは刹那をそう推測していた。だからこそ問えば、刹那はそっとライルの方を向き、また手の中のコーヒーに視線を戻した。
「・・・・・・乾いた、土地だ。見渡す限り茶の大地で、緑は数えるほどしかなかった。建物は石で出来ていて、入り込んでくる砂と厳しい太陽の日差しを遮るために作られた家だった」
「中東か?」
「ああ。貧しい土地だった。穀物も作れず、父は毎日遠くまで働きに出ていた。母は家で布を織り、俺は近所の子供と水を汲みに行くのが日課だった。豊かではなかった。それでもあの日々は、幸せだったんだろう」
「だけどおまえも失ったんだろう?」
「ああ。だがロックオン、おまえとは違う。俺は自ら幸福を捨てたんだ」
何、と問うべきか否か惑っている間に、刹那は残っていたコーヒーを飲みきって立ち上がった。服の上からでも分かる筋肉のうっすらとついている肩を見上げながら、言葉の意味を考える。
「・・・・・・おまえの家族は、生きているのか」
何故か裏切りのように感じてしまい、ライルはそんな己に失笑する。けれど刹那に本当の家族がいるのなら、その方がいいとも思えた。刹那はまだ子供だ。戦いの後に帰ることの出来る場所があるのなら、それに越したことはない。しかし刹那の答えは否だった。
「いや、生きてはいない」
「じゃあ」
「死んだ。俺が殺した」
息を呑み、目を瞠った。驚きが湧き上がり、ライルは目の前の青年を見つめる。この刹那が、親を殺した。この、刹那が。まだ短い付き合いだけれども、それでも理解してきた彼の人と成りからは想像できない。忌まわしき所業を、したというのか。愛し育み、何より大切にすべき家族という存在を自らの手で葬る、おぞましき所業を。一転して不快と侮蔑がふつふつと滾り、ライルの眉間が皺を刻む。刹那は静かに空のコップをダストシュートに捨てた。
「俺にとって、『家族』とは贖罪すべき対象だ。今度こそ守らなくてはいけないものであり、裏切ることが許されないものでもある」
「・・・・・・最低だな」
「分かっている。だから俺は恐れてもいる。いつか俺が愚かな所為で、ガンダムを喪ってしまうのではないかと」
「そうなる前に俺がおまえを狙い撃ってやるよ。外さねぇ。一発で殺してやる」
憤怒を込めて吐き捨てれば、何故か刹那が勢いよく振り向いた。鈍い赤の瞳が二・三度瞬かれ、そして柔らかに細められる。笑顔にも見えるその表情はやはり親殺しをしているとは思えない静かなもので、すでに彼は殉教者なのだとライルに知らせた。刹那は戦いに身を置くことでしか己の罪を償えないと考えている。償うために戦っているのだ。自分とは真逆の理由に、ライルは唇を噛み締める。そんな彼に刹那はゆっくりと告げた。
「ロックオン、俺はおまえに言わなくてはいけないことがある。おまえの兄にも言ったことだ。おまえがソレスタルビーイングを、家族じゃなくても、せめて『仲間』だと思ってくれるようになったら、俺も伝えたい」
「何だよ、勿体ぶって」
「ありがとう。同じ顔でも違うと思っていたが、やはりおまえはロックオンの弟だ」
ありがとう。再度礼を述べて、刹那は「ミッションに入る」と休憩室を出て行った。まだ成長しきっていない後ろ姿を見送り、ライルは舌打ちしてカップを握り潰す。同じ境遇かと思っていたが、何たる様だ。おそらくプトレマイオス内で最も厄介な輩を引き当ててしまった。あれならまだ家族なんて知らないと言ってくれた方がマシだった。そうすれば純粋な気持ちで同僚として接してやれただろうに、もはや戻れない。刹那は異分子だ。血を吸うことを知っている。ライルは床を蹴って立ち上がり、カップを乱暴に投げ捨てた。
「俺は守るために戦うことを選んだんだ。家族だろうが仲間だろうが、もう失わねぇ。そのためなら例え恋人だろうと、俺のこの手で狙い撃つ」
覚悟は決めている。そのためにカタロンに入り、そしてガンダムにも乗っている。ただそれでも、刹那を撃つことにならなければいいと心の隅で思っている自分をライルは感じていた。この世界はそんなに甘いものではないと知っているのに。
家族、か。小さく呟いてライルは笑った。やはりここは自分にとっての居場所ではないのだと、自覚を新たに認識しながら。
第8話、非常に普通でした。特にツッコミを入れるところも無し。仮面舞踏会だったらブシドーも来て、せっちゃんにダンスを申し込んだのかな(待て)
2008年11月23日