おめでとう、心の底から祝える。
だけどごめん、心の片隅で呟かずにいられない。





幸福の咎





ロストしていたアリオスを発見し、マイスターのアレルヤも無事という情報を得て、プトレマイオスのクルーたちはそれぞれに歓声を挙げた。戻ってきた彼がアロウズ所属の少女をひとり連れていたことに驚きもし、加えて恋人だと紹介された際には言葉を無くしてしまったけれど、それでもアレルヤがとても幸せそうに微笑んでいたから受け入れた。マリーと名乗った少女も礼儀正しく、おそらく様々な事情があったのだろう。大まかな事柄だけを聞き、その日は解散となった。同じ部屋でいいかしら、とスメラギが茶目っ気を含んで問えばアレルヤもマリーも顔を真っ赤にして、そんな二人の様子にまた笑い声が上がった。
その翌日だった。アレルヤはマリーと共に、ブリッジに呼ばれた。そこにいたのはスメラギとフェルト、それに刹那とティエリアとライルで、並ぶ面々に思わず首を傾げる。言い辛そうに唇を開いては閉じるスメラギを遮って、刹那が一歩前に出た。常と同じ無感情な声が告げたのは、アレルヤが想像だにしていなかった内容だった。
「アレルヤ・ハプティズム。おまえには、ガンダムマイスターから降りてもらう」
息を呑んだのは、アレルヤとマリーだけだった。どうして、とアレルヤが無意識の内に呟き、マリーが顔色を蒼白に変えて迫る。
「私の・・・っ、私の所為ですか!? 私が来たから、アレルヤが!」
「違う。正確に言えば、あんたのことも含んでいる。だけどそれだけが理由じゃない」
「じゃあ、どうして・・・?」
ようやく理解し始めたのか、アレルヤの肩が小さく震え始める。スメラギもティエリアも、誰も何も言わないということは、すでに決定事項なのだろう。自分が、アリオスを降りる? ガンダムマイスターでなくなる? そんなこと、考えたことも無かった。刹那の赤い目が静かにアレルヤを見つめる。
「アレルヤ、おまえにはもうガンダムに乗る理由がない。違うか?」
「理由・・・・・・?」
「ソレスタルビーイングが活動を再開してからずっと、おまえは何のためにアリオスに乗っていた。マリー・パーファシーを救うためだ」
「刹那、僕は」
「そしてその願いを、おまえは叶えた。ならばもうおまえにガンダムに乗る理由はないはずだ」
「違う! 僕は世界を変えるために、今後もアリオスに乗り続けたい!」
「それなら聞くが、おまえは世界を変えるために死ぬことが出来るのか? おまえの帰りを何よりも待つ人がいるのに、それを分かっていながら『命を懸けて』世界を変えるために戦えるのか?」
刹那の眼差しがマリーを捉え、そしてまたアレルヤへと戻される。告げられた内容に、今度こそアレルヤは言葉を失った。
「おまえを想う人を切り捨ててまで、おまえは世界を変えるために戦うことが出来るのか? おまえは、マリー・パーファシーに『恋人の死を覚悟しろ』と言うことが出来るのか? それとも二人で共に戦いに出て、一緒に戦場で死ねるのか?」
「マリーはもう戦わない! 僕が戦わせない! 幸せにするって約束したんだ!」
「だったらアレルヤ、おまえにはもうガンダムマイスターの資格はない。プトレマイオスから降り、ソレスタルビーイングから抜け、地球のどこかで静かに暮らせ。それがおまえがこれから選ぶべき生き方だ」
「刹那・・・・・・!」
あまりにも切り捨てるかのような言葉に、アレルヤの内にじわりじわりと涙がせり上がってくる。スメラギが制するように歩み出てきて、アレルヤ、と柔らかい声で彼を呼んだ。
「聞いて、アレルヤ。刹那の言い方はきついかもしれないけれど、私もそれが一番良いと思うの。あなたは、あなたが何より救いたかったマリーさんを助け出すことが出来たわ。だからもうこれ以上戦う必要はない。二人で平和に、幸せに暮らして欲しいの」
「そうそう。あんた、その女のために戦ってたんだろ? だったらもうガンダムに乗る意味もねぇじゃん」
「アリオスの修理には、相当時間がかかるらしいの。その間に新しいマイスターも補充できるから、だからアレルヤも気にしないで」
「それにさ、あんたアリオスを操縦しきれてないみたいだし。俺の狙撃の命中率も上がったから、もう心配いらねぇよ。カタロンとの繋がりも出来たし、マイスターは三人でも十分にやっていける」
ライルが軽口のように、フェルトが気遣うようにして話しかけてくる。アリオスが大破した、それはアレルヤの所為だ。そしてアリオスを完全に使いこなすことが出来なかったのも、アレルヤの能力が足りなかった所為だ。ハレルヤという反射を失くし、理性を司る自分だけではガンダムを乗りこなすことが出来なかった。それでも、今後もガンダムに乗っていきたいと思っていた。マリーという存在を助け出すことが出来たからこそ、今後は世界のために。そう思っていたというのに、彼らはアレルヤからガンダムを取り上げようとしている。握り込んだ拳が力の強さによって震え、行き場のない感情が身体中を駆け巡る。
「嫌です・・・!」
「アレルヤ」
「嫌です! 僕はアリオスに乗ります! 今度こそ世界のために・・・っ」
マリーがそっと手のひらを握ってくれる。彼女がいるからこそ戦える。そう、アレルヤは思うというのに。
「―――ならば、はっきりと言わせて貰おう」
ずっと黙っていたティエリアの、眼鏡の奥の瞳が冷たい。

「アレルヤ・ハプティズム、君だけが幸福を手に入れた。その様子を近くで見続けろというのは、大切な人を喪った俺たちにとって酷い拷問だとは思わないのか?」

マリーの手が、びくりと震えてアレルヤの拳から離れていく。繋ぎ止めたかったけれども、アレルヤにはそうすることが出来なかった。幸福だった。マリーを助け出すことが出来て、愛する彼女を取り戻すことが出来て、幸福だった。幸福だった。だからこそ忘れていた。プトレマイオスには、傷を持つ者ばかりが集まっているのだということを。だからこそ自分たちは、その身を犠牲にした戦いを決意することが出来たのだということを。
「アレルヤ、君が戦いに出る度に、きっと彼女は胸を痛めるだろう。不安に思い、君の無事を祈るだろう。そして君が帰ってきたら、きっと抱き合ってその生還を喜ぶだろう。それは素晴らしいことだ。だが、その様子を君は俺たちに見守れと言うのか? 君だけが愛しい人を得ている、その幸福な様子を」
ティエリアは、ロックオンを失った。フェルトもだ。ライルとて双子の弟だったニールを、そして家族を失っている。刹那は両親を、故国を失くした。スメラギも恋人を失ったという。プトレマイオスのクルーは、誰もが喪失を経験している。だからこそヴェーダに選ばれ、ソレスタルビーイングに入り、世界を改変しようと目指しているのだ。
「君は欲しいものを手に入れた。ならばもういいだろう」
ティエリアが前に出る。気圧されるようにして、アレルヤは一歩下がってしまった。本当なら、ティエリアを仲間と思うのなら、そうしてはいけなかったのに。その冷酷な瞳に浮かぶ感情に気づいてしまったから、アレルヤは下がらずにはいられなかった。
「君にはもう、ガンダムマイスターたる資格はない。どうせ最後には世界よりも彼女を選ぶくせに、それなのに『世界を変えるために戦う』? 馬鹿にするのも程々にしてもらいたい。そんな甘い輩に世界が変えられるものか」
「ティエ、リア」
「さっさとアリオスを降りろ。ソレスタルビーイングを離れ、もう二度と顔を見せるな。彼女と二人、地球でも宇宙でもどこでもいいから暮らしていけばいい。だからもう二度と、俺の前に現れるな」
「ティエリア」
「おまえは幸せなんだろう!? だったらもう二度と俺の前に姿を見せるなっ!」
らしくなく荒げられた声に、アレルヤはようやく相手の様子がいつもと違うことに気がついた。白皙の目元に、うっすらと隈が浮かんでいる。唇さえ青褪めていて、その頬は僅かにこけていた。憔悴を物語るその様子に、いつの間に、と思う。そう思ってしまうくらいにマリーを救えた幸福に酔っていたのだと、アレルヤはようやく己を自覚した。刹那がそっとティエリアの腕を引く。正面を向いていた顔がゆっくりと横を向き、紫の髪によって隠されるまで、ティエリアの目は激しくアレルヤを睨み付けていた。それは、憎悪に近い。それは、言うまでもなく嫉妬。ティエリアを己の背に隠し、刹那がすまない、と小さく述べる。
「すまない、アレルヤ。だけど分かって欲しい。俺たちにとって、おまえとマリー・パーファシーの姿は眩しすぎるんだ。仲間なのだから心から祝いたいと思うと同時に、同じ仲間なのにどうしておまえだけがと思ってしまう。これは、おまえたちが悪いんじゃない。俺たちの弱さが悪いんだ」
すまない、と再度告げられて、アレルヤは力なく首を横に振る。どうしようもないのだということが、やっと理解できた。幸福なのが悪いのではない。幸福でないことが悪いのではない。アレルヤの喜びは尊いもので、それこそがソレスタルビーイングの求める平和な世界の一部であって、だけど刹那たちの思いもまた人である限り当然のことなのだ。失ったからこそ、ガンダムマイスターは己を懸けて戦える。だけど幸福を手に入れた自分はもう、己を懸けて戦えない。心が変化したのだ。それは悪いことではない。悪くはないけれども、だからこそ選択の許されない未来もあった。それが今の現状なのだと、ようやくアレルヤも理解した。振り向いて、泣きそうになりながらもマリーに微笑みかける。彼女は瞳を自責の念に染めていたけれど、それでも幸せにすると誓ったのだ。ならば今後は、それを優先しなくてはいけない。そのために自分は戦い、そして今後も戦い続けていくだろう。ガンダムに乗っていようといなかろうと、それは同じだ。
「分かった。僕はアリオスを降りるよ」
「アレルヤ・・・ごめんなさいね」
「いいえ、スメラギさん。僕こそ途中で任務を放り出す形になってしまい、申し訳ありません」
「いいのよ。あなたはマリーさんと一緒に幸せになりなさい。家庭を持って、家族を作って、幸せに暮らしてくれることが私たちの願いよ」
「はい。ありがとうございます。おやっさんやミレイナ、ラッセにもよろしく伝えてください」
マリーの手を握って頭を下げれば、スメラギはゆっくりと笑った。その微笑みは少しだけ歪んでいて、やはり自分はここにいてはいけないのだとアレルヤに悟らせる。誰だって見たくはない。他人だけの幸福など。その幸福を祝えない、醜い自分自身など。いつかは刃を向けてしまうかもしれないからこそ、それを恐れて立ち去らせるのだ。分かっている。だからこそ彼らの気遣いに感謝して、アレルヤはライルとフェルトにも礼を言った。
「ありがとう、ロックオン、フェルト。アリオスをよろしくお願いします」
「短い間だったけど世話になったな。彼女、ちゃんと幸せにしてやれよ?」
「お疲れ様、アレルヤ。元気で」
フェルトに握手を求められ、応じた。彼女はマリーにも同じように手を差し出して、戸惑われると小さく笑い、腕を伸ばしてハグをする。抱き締められたマリーは目を白黒とさせていたが、フェルトの「アレルヤをよろしくね」という言葉に、はっとしてから頷きを返した。刹那の背後にいるティエリアの顔は、アレルヤからは見えない。ごめんね、とアレルヤは唯一見える細い顎に告げた。
「ごめんね、ティエリア。それとありがとう」
「・・・・・・君なんか、彼女とさっさと何処かへ行ってしまえばいい」
「うん。行くよ、僕は。マリーと一緒に」
幸せを願いたかったけれど、きっと今の自分がそうすることは侮辱でしかないのだろう。それでも心中で、どうか幸せにと祈る。ティエリアも、刹那も、スメラギも、ライルも、フェルトも、トレミーのみんなが、ソレスタルビーイングのみんなが、幸せになってくれたならいい。マリーを得たからこそそう思えるのかもしれないと考えると、アレルヤは改めて自分がすでにマイスターでないことに気がついた。寂しいけれど、これもまた幸福なのだろう。そう思って刹那を振り返れば、彼は静かな瞳でアレルヤを見上げてきていた。
「刹那、ごめんね」
「何故謝る。おまえは、おまえの戦いに勝利した」
「・・・そうだね。だけど、君たちと一緒に戦えなくて、ごめん」
「これからもおまえの戦いは続いていく。マリー・パーファシーを幸せにすることが、おまえの戦いなのだろう?」
「うん。負けないよ、絶対に」
「それでいい。アレルヤ・ハプティズム、おまえは確かにガンダムマイスターだった」
それは刹那にとって、何よりもの賛辞なのだろう。分かっていたからこそ、アレルヤも「ありがとう」と礼を言って受け取った。改めてマリーの手を繋ぎ、仲間だった彼らと相対する。世界を変えるために戦ってきた。その過程で得た、個人の幸福。後悔はない。だからこそアレルヤは深く頭を下げた。これからも傷を抱えながら戦っていくだろう、戦士たちに対して。マリーと共に、深く深く感謝を抱いて。
「世界を、どうかよろしくお願いします」
ハレルヤ、どうかみんなに幸せを。願いながらアレルヤは恋人の手を引いて、ソレスタルビーイングを去った。激闘の続く、戦乱の途中で。





第7話、やはり無人島LOVEフラグは健在か・・・。あれりゃーとソマちゃんの幸福な様子を、さっちゃんはどう思いながら見るのでしょうか。
2008年11月16日