無人島に、落ちました。
無人島で敵と二人っきり〜ドキドキ☆LOVEフラグ〜
カタロンが破壊された基地を脱出する時間稼ぎのため、プトレマイオスはアロウズとの戦闘に入った。倒れたスメラギを欠いた戦いは熾烈を極め、後手に回ることも多くなってしまったが、そこに何か不思議な力が働いたのだろう。時間があっという間に過ぎ去り、空は夕焼けを迎えてオレンジに染まり、星のきらめく夜がやってきた。間違いない、理外の力が働いたのだと刹那は確信する。それは所謂、製作サイド、夜明けの象徴、一日の始まり。でなければ現状の説明がつかない。パァンという銃声が森の方から響き、刹那は思わず立ち上がった。それを男の声が遮る。
「駄目だよ、少年。行ってはいけない。恋人たちの逢瀬を邪魔する気かい?」
存外近い場所からの言葉は少しの揶揄も含んでいない。それどころか抑えきれない歓喜に満ちており、刹那は最大限の警戒をもって振り向いた。パイロットスーツのヘルメットに、何の機能があるのか二本の角が生えている。かつて潜伏していた経済特区日本の古き文化、鬼を知らない刹那は、その角に愛機を思い出して眉を顰めた。ダブルオーとお揃いなんてずるいと悔しがる彼は、現在の状況に随分と惑わされているらしい。
「・・・・・・あんたには、今のが睦言に聞こえるのか?」
「逢瀬だろう? 少なくとも、あの羽根付きのパイロットはピーリス中尉に随分と呼びかけていたじゃないか。用事のあることは明白。ならばこの無人島に落ちたことは、少なくとも羽根付きにとっては僥倖であるはずだ」
「僥倖なら銃声は起きない」
「愛を超越すれば、その感情は憎しみに変わる。私が以前に語った台詞だ。覚えているかい?」
ヘルメット外し、それでも現れた仮面の下で男が瞳を細める。目元だけとはいえ、それは確かに刹那が四年前、宇宙で最後に戦った相手の顔だった。しつこいまでにガンダムを追ってきたユニオンのフラッグ。パイロットとはアザディスタンですでに一度顔を合わせているため、情報漏洩にはならないだろう。そう考え、刹那もヘルメットを脱いだ。露になった素顔に、男の表情が華やかに綻ぶ。
「こちらへおいで、少年。森よりは砂浜の方が仲間も見つけやすいだろう」
「あんたの命令に従う理由はない。俺たちは敵同士だ」
「いいや、今は違うさ。確かに私はガンダムに、そしてガンダムのパイロットである君に尽き果てない興味がある。それはもはや愛とさえ言っても良いだろう。君を倒すのは私でなくてはならない。だが、それはあくまでモビルスーツ同士の戦いにおいてでなければ意味もない。生身の君を銃で殺したとしても、私は何の喜びも得られないのだよ。私はあくまでモビルスーツのパイロットとして、君と戦い合いたいのだから」
何ならこれも渡して構わない。そう言って、男は支給品だろう銃を刹那の足元へと軽く放る。砂の上に落ちたそれ以外に、男が武器らしきものを所持している様子は見られない。少し離れた背後には専用機体のアヘッドが不時着しており、刹那の後ろにもダブルオーガンダムが似たような状態で沈黙している。彼らは戦い続け、そして無人島へと落ちたのだ。ここには刹那と目の前の男。そして落ちる寸前に確認した限りではアレルヤのアリオスと、アロウズのアヘッド一機。少なくともその四人が、この人気のない島へと身を寄せているはずだった。
「さあさあ、少年! 私の想いを分かってくれたのなら、そろそろ火を起こして食事にでもしようじゃないか。腹が減っては戦も出来ぬ。もちろん戦をするつもりなんて今の私には皆目ないが、君と二人きりでコミュニケーションの取れる機会をみすみす逃がすほど愚かでもない。気に入りのフルコースでないことは残念だが、星空の美しさは五つ星ホテルの最上階レストランにも勝るだろう。私はこのチャンスを与えてくれたシナリオライターに心から感謝する!」
いそいそと潅木を拾い集め始めた男に、刹那は馬鹿な、と反射的に口にしてしまった。
「あんた、何暢気なことを言ってるんだ」
「心配しなくても、『無人島で敵と二人っきり〜ドキドキ☆LOVEフラグ〜』は製作サイドの昨今の得意技だ。明日になればきっと壊れた通信機器も回復し、互いの仲間が我々を探し出してくれるだろう。それとも仲間を信じられないかね?」
「俺はティエリアを信じている! それに俺と貴様の間にフラグは立たない!」
「冷たいな。それでは仕方ない、ガンダムとの間に立てるとしよう」
「ダブルオーの相手は俺だ!」
「ならばやはり、私は君とガンダムの二人を一緒に相手しなくてはいけないね! 三角関係、このグラハム・エーカーも望むところさ!」
大仰なパフォーマンスをあまりにも自然にやってのける男を睨み付けていた刹那は知らない。彼が「ミスター・ブシドー」というアロウズ内で用いているコードネームではなく、彼本来の名前を叫んでしまったことを。いそいそと細い枯れ木を掻き集め、男改めグラハムは、焚き火を作ろうと作業を始める。しかしライターの火が木に燃え移らず、いつまで経っても進歩のないそれに刹那が堪えきれなくなる方が早かった。
「木に直接火をつけようとするな。先に石をいくつか積み上げて、風を遮る塀を作れ」
「む。こうか?」
「丸く作ってどうする。一面を開けておき、そこから調節するんだ。木を円錐状に積んで、その下の隙間に紙を丸めて入れる。そこに火をつける」
「紙、紙・・・・・・アヘッドの取扱説明書しかないが、まぁ良いだろう。ビリーにもう一冊貰えばいい話だ」
厚い冊子を割いて丸め、そこに火をつけると、あっという間に木に燃え移っていく。立ち上がった炎にグラハムが「おお!」と歓声をあげた。
「素晴らしい! 少年、君はキャンプの才能もあるのだね!」
「あんたは軍人のくせに野外炊飯の経験もないのか」
「恥ずかしながら、今の軍は脆弱でね。モビルスーツが普及しすぎた余り、生身の戦闘訓練は最低限しか行わなくなってきている。嘆かわしいことだよ。自らの手で人を殺す、その経験のないまま引く操縦桿のトリガーはあまりに軽い」
パァン、とまた森の方から銃声が聞こえる。すなわち、アレルヤは少なくともまだ生きてはいるのだろう。駆けつけるべきか、否か。逡巡した刹那を見透かすように、グラハムが笑った。
「少年、君なら自らのアイデンティティへの戦いを、誰かに手助けして欲しいと思うかい?」
「・・・・・・見守ることが力になる、その可能性もあるはずだ」
「確かにあるだろう。仲間の存在というのは実に心強いものだ。だが、敵がそれを理解してくれるとは限らない。二対一になったと考え、君にも攻撃を仕掛けたら? それは仲間の戦いを邪魔することになる」
「・・・・・・」
「耐えて待つことも信頼だ。夜は必ず明ける」
「グラハム・エーカー」
「君はここで空腹を満たし、休養を取りなさい。明日の朝には仲間を連れて、味方の所へ戻れるように」
変なヘルメットを被っていても、摩訶不思議すぎる言動しかしていなくても、やはり踏んできた場数は少なくないのだろう。グラハムの言葉には説得力があり、飛んできた火の粉に「熱い!」とさえ叫ばなければ落ち着いた立派な大人の態度だった。何だか急に馬鹿馬鹿しくなり、刹那は一度森を見てからグラハムの向かいの潅木に腰掛ける。アレルヤはこんなところで死なない。非常用のバッグを漁り、携帯食料を取り出す。
「それはソレスタルビーイングの支給品かい? 実に美味しそうだ。アロウズは政府直属部隊のくせに、非常に不味そうなレトルト食品でいけないよ。ほら、見てみたまえ。デザートすらついていない」
「普通、非常食にデザートはついていない」
「少年、交換しよう。この鍋敷きのように固いパンをあげるから、代わりにその具沢山のスープをくれたまえ」
「あんたはもう少し対価という言葉を学んだ方がいい」
焚き火を間に挟んで敵として最低限の距離を取りながら食事にありつくが、グラハムのスプーンがかまどを越えて刹那のスープを一口攫っていった。代わりに落とされていったパンは確かに固く、靴底のようだ。不味いけれども、食べられないこともない。刹那は100回咀嚼して飲み込んだが、グラハムは残りを炎の中にくべている。勿体無い、これだから物資の豊かな人間は。ぶちぶちと刹那は心中で呟いた。
「さて少年、食事を共にしてコミュニケーションも一段と深まってきているわけだが、そろそろ名前を教えてもらえないかね? 私は君のことを何て呼べばいい?」
「教える理由はない。好きに呼べばいい」
「仕方ない。それではハニーと」
「コードネームは刹那・F・セイエイ」
「刹那! なんて君に似合いの名前だろうか。それでは刹那、私のことはダーリンと」
「いい加減にしろ、グラハム・エーカー。好き嫌いをするな。ピーマンもちゃんと食べろ。人参を避けるな」
「緑黄色野菜を食べずとも人は死なないさ」
「背は伸びない」
「こう見えても私はとうに成長期を終えてしまっているのだよ。残念ながら、もう背が伸びることはないだろう。その点、君が羨ましい。君は四年前より格段に背が伸び、肉体も鍛え上げられ、そして言い様もなく美しくなった。再会できたことを心から嬉しく思うよ」
「・・・・・・あんたは、相変わらず歪んでいる」
「そうさせたのは君さ、刹那」
仮面で素顔は分からないが、声には張りがあるし、実際に四年前にあったグラハムは階級以上に刹那には若く見えた覚えがある。その仮面は、と聞こうとして刹那は口を噤んだ。そこまで事情を聞く理由はないし、知ったところでどうすることもないだろう。しかしもう少しデザイン性に優れた品はなかったのかと、ファッションには頓着しない刹那でさえ思わずにはいられない仮面だった。食事を終え、グラハムはパイロットスーツのポケットからキシリトールガムを取り出して噛み始める。どうかと勧められたが、刹那は断った。この男は何処かが非常に可笑しい。可笑しすぎると考えながら。
「しかし刹那、君のガンダムは相変わらず素晴らしい」
惚れ惚れとした声音に、刹那はぱっと顔を上げた。仮面は刹那を通り過ぎて、その背後のダブルオーガンダムを見上げている。恍惚とした視線には尊敬すら感じられて、刹那の内を徐々に愛機を褒められた嬉しさが湧き上がってくる。
「四年前の機体も見事だったが、新しい機体も美しいな。特にあの二つの太陽炉。羽根を持つ天使のような神々しさ。初めて目にしたときは女神が降臨したのかと思ったよ」
「・・・・・・ダブルオーは、俺のガンダムだ」
「ダブルオーガンダムというのだね? 確かにこのガンダムには君が搭乗するからこそ、更に硬質な強さを携えるのだろう。羨ましい。このような機体と出会えた君が羨ましいよ、刹那。だがそれ以上にこんなに素晴らしい機体と戦える私自身に喜びを感じて止まない」
「俺は、ガンダムマイスターだ」
「マイスター、私の星。刹那、確かに君は私の星だ! 星の決めたもうた運命の相手!」
会話がまたカオスに逆戻りだ。諸手を開いて乙女座に感謝し始めたグラハムから視線を逸らし、刹那は空を見上げる。満天の星空だ。森の方からはまだ銃声が聞こえてきているし、アレルヤも生きているのだろう。しかしグラハムのこの恐ろしいまでの歪みに自分が飲み込まれて動けなくなり、屍と化してしまう方が早いかもしれない。助けてくれ、ティエリア。頼れる味方に対し、刹那は心の底から祈りを捧げた。それにしてもグラハムは相変わらず愛を語っている。
そんな彼が「そういえば、『無人島で敵と二人っきり〜ドキドキ☆LOVEフラグ〜』にお色気シーンは必須じゃないか。さぁ脱ぎたまえ、刹那」と言い始めるのは、日付が変わった直後のことである。その後凄まじい応酬が繰り広げられ、「仕方ない、私が脱ごう!」と彼が自身のパイロットスーツに手をかけるのは、製作サイド、すなわち太陽が東の空に眩しく現れた頃だった。
第6話、普通に凄く面白かったです。すべてを分かっていてコーラがカティ大佐に惚れ込んでいるのなら、奴が一番の男前だと思います。
2008年11月9日