まさか降りることになるとは思わなかった敵の戦艦に、ソーマはおそるおそる爪先をつけた。
「大丈夫だよ、マリー。誰も君に危害なんて加えないから」
かつての知り合いを名乗るアレルヤという男が、何故か泣きそうな顔で笑っている。過去を思い出せていないため、彼の言葉に答えられない自分を申し訳なく思いながらも、ソーマは「マリー」と呼ばれることを甘受していた。
初めて生身で見上げることになったガンダムは、恐ろしいほどに美しかった。





吼えろ、わたしの心





アロウズとは比較にならないほど小ぢんまりとしたドックには、三人の青年が立っていた。誰もがパイロットスーツに身を包んでおり、背後に鎮座しているガンダムの操縦者なのだとソーマに知らせる。三人が三人とも自分とさして変わらない年齢であることが、ソーマにとっては少しばかり意外だった。けれど冷静に考えれば、それも頷ける。少なくとも自分と同じ実験体だったアレルヤがいるのだから、若者がいてもおかしくはなかった。
「言っておくが、俺は認めないからな。こんな仲間を殺した女なんか」
「ロックオン!」
背の高い青年がソーマを見下し、不快に顔を歪めたまま踵を返してドックを出て行く。突きつけられたのは殺意に等しい感情で、アレルヤが「ごめんね」と気遣ってくれるけれども、ソーマの身体は震えた。ここは敵の戦艦なのだ。自分が殺した誰かの身内が乗っていて当然であることを忘れていた事実に、ソーマはようやく気がついた。顔色を青褪めさせた彼女に対し、美貌の青年が肩を竦める。
「あれはロックオン・ストラトス。仲間だったカタロンをアロウズに襲撃され、そのことを未だ根に持っている。気にするなと言うつもりはないが、君が悔やむ必要もない」
浅黒い肌をした、最も小柄な青年も同意するように頷く。
「戦争は誰もが被害者であり加害者だ。ロックオンに殺されそうになったら抵抗していい。ただ、殺すのはやめてもらう」
「我々も君を信用したいが、それには時間がかかることも理解してもらいたい。相互関係は少なくとも互いに攻撃しあわないことから。異論は?」
「・・・・・・ありません。私は、この艦のクルーに危害を加えないことを約束します」
「では俺たちも、君に危害を加えないことを約束しよう」
美貌の青年は眼鏡をかけ、ソーマに向かって満足そうに相対した。
「ティエリア・アーデ。セラヴィーガンダムのマイスターだ」
「俺はダブルオーガンダムのマイスター、刹那・F・セイエイ」
「ソーマ・ピーリスです。よろしくお願いします」
小柄な青年にも名乗られ、ソーマは自身でも挨拶をした。反射的に持ち上げた手が軍敬礼のそれだと分かったのだろう。ティエリアが軽く笑い、刹那は緩く首を振る。
「こちらとしては君を戦力として数えたいところだが、無理強いはしない。気持ちの整理もあるだろう。しばらくは静かに過ごすといい」
「だが、トレミーは人員が少ない。整備補助もしくは雑務をこなしてもらうことになる」
「働かざるもの食うべからず、ということだ」
二人は事の成り行きを嬉しそうに見守っていたアレルヤに顔を向け、指示を与える。
「トレミーを案内してやるといい。備品に関しては、後でフェルトかミレイナを向かわせる」
「うん。ありがとう、ティエリア、刹那」
「初恋の相手にうつつを抜かすのはいいが、戦場ではちゃんと働いてくれ」
「なっ!? ち、違うよ! マリーには恩があるだけで、別に初恋とかそんなんじゃ・・・っ!」
「冗談だ」
ティエリアは真っ赤になったアレルヤを見て楽しんだのか、背を向けてドックから出て行こうとする。それに続いていた刹那が、五歩進んだところで振り返った。見つめてくる瞳は赤く、血と夕焼けの色のようだとソーマは思う。刹那にしろティエリアにしろ、ソレスタルビーイングはソーマが考えいたような愚かなだけのテロリストではなかった。誰もが瞳にに悲哀と決意を載せている。刹那の声がドックに響いた。
「ソーマ・ピーリス。あんたにとってここが、理想の実現場所になることを願う。そのためなら俺たちは、出来る限りのことをしよう」
だから、負けるな。赤い瞳がそう語っていて、胸を衝かれた。ティエリアと刹那の背中がドアの向こうに消えていく。胸に手を当てて震えるソーマの肩を、アレルヤがそっと抱き寄せてくれた。セルゲイとは違う温かさに、ひとりではないことを知る。
「頑張ろう、マリー。いろんなことを、たくさん、たくさん」
アレルヤの言葉に、ソーマは何度も何度も頷いた。人として生きてみせる。彼女は強く、心に誓った。





敵陣営をソマちゃんが離れるバージョンと、セルゲイさんが離れるバージョンで、今回は前者をお送りしてみました。
2008年11月3日