ああ、この世のどこかにいるのかもしれない神様。
私が作られた存在だからいけないのでしょうか。だから人並みの平和を抱けないのでしょうか。
ああ、この世のどこかにいないのかもしれない神様。
感謝の言葉を口にすれば、あなたは助けてくれるのでしょうか。





吼えろ、わたしの心





アロウズとソレスタルビーイング、カタロンの戦局は複雑さを極めていった。特に後者二つが手を組んでからというものの、彼らは世界中の反政府組織と繋がりを持っているらしく、地の利に適った戦いを仕掛けてくる。世論を味方につけているアロウズとて応戦することは難しく、未だ四機のガンダムのうち一角さえも崩せていない。その、上層部の焦りは分かっていた。だからこそソーマもアヘッドを駆り、戦場に身を置き続けてきたというのに。
「グッドマン准将! これはどういうことですかっ!?」
ソレスタルビーイングを取り逃がして、意気消沈しながら戻った自軍で、ソーマの身は拘束された。抵抗することすら許されずに両腕を拘束され、少しでも身動ぎしようものなら、かけられている手錠に電流を流される。仮にも同じ部隊に所属する兵に対してすることではない。引きずり出されたブリッジで、ソーマはアロウズの准将であるアーサー・グッドマンに食ってかかった。
「私が何か命令違反を犯しましたか!? それならそうと仰っていただければ!」
「ソーマ・ピーリス中尉。貴官は我々アロウズに対し不満を抱いているそうだが、それは事実かね?」
「っ・・・」
脳裏を、オートマトンによる虐殺が横切る。その一瞬の間を肯定と判断したのか、グッドマンの後ろでアーバ・リントがいやらしげに目を細めて笑った。嘆かわしい、とグッドマンが巨漢を揺らして首を振る。
「なるほど。どうりで最近の君の戦闘は生温いはずだ。自軍を信じず敵に対して手を抜く行為は、すでに十分アロウズに対する裏切りである」
「違います! 私は、そんな」
「では、ガンダムを鹵獲できていない現状をどう説明するのかね? 作戦は確かに効果をなしている。それでもソレスタルビーイングを壊滅できていないのは、君たち現場のパイロットが原因だろう?」
すべての責任を下に押し付けるかのような物言いに、ソーマは奥歯を噛み締めた。どれだけの兵士が戦いの中で散っていったのか、この男は知らないに違いない。死を覚悟してガンダムに挑み、それこそ命を賭して作戦を決行した仲間も数知れない。多くの仲間が、この男の命令で命を落としてきたのだ。今ソーマの下にいるアンドレイも、ルイスも、何よりソーマ自身も死すら厭わずガンダムに向かっていっているというのに、この男は。
「何か言いたいことでもあるのかね?」
「・・・っ・・・いえ」
手を握りこむことで言葉を堪える。アロウズは例え仲間であろうと容赦しない。部下を守るためなら反論も出来ようが、ここでソーマが罰されて彼らに迷惑がかかれば、それこそ意味がない。故に俯いて怒りを隠したソーマの耳に、グッドマンの信じられない言葉が響いた。
「君には自分が超兵だという自覚を思い出してもらう必要がありそうだ。ソーマ・ピーリスをアロウズ技術研究所に移送しろ」
「はっ!」
左右の兵士が敬礼し、ソーマの腕を乱暴に掴む。技術研究所。その意味するところに気づき、ソーマの全身が粟立った。また、あそこで弄られるのか。脳の中身を、この身体を、セルゲイが丹精に開花させてくれた、人間としての感情を。嫌だ、そう思ったときには口が動き、訴えようとしていた。その心を制するように、グッドマンが冷ややかに見下ろしてくる。
「貴官の名前を名乗りたまえ」
「え・・・?」
「名前だ。いくら超兵として衰えてきているとはいえ、それくらいは出来るだろう?」
侮蔑を含んでいる眼差しは、すでに人ではなく物と相対している目だ。そんな扱いにも慣れていたはずなのに、ここしばらくの間が幸福だったからか、すでに心は痛みを覚えるようになってしまった。
「・・・・・・ソーマ・ピーリスで、あります」
「階級は」
「地球連邦政府直属特殊部隊アロウズ所属、階級は中尉です」
「搭乗している機体は」
「アヘッドです」
「それに乗ることになった理由は?」
「それ、は」
「貴官がアロウズに所属することになったからだ。では何故、貴官はアロウズに所属することとなった?」
「地球連邦政府により、命令が下されたからです」
「何故、貴官に命令が下ったと思う?」
「私が四年前にガンダムと戦ったからだと考えています」
「では何故、四年前に貴官はガンダムと戦った?」
「人類革新連盟対ガンダム特務部隊『超武』に所属していたからです」
「何故、所属していた?」
「・・・セルゲイ・スミルノフ大佐が、預かりを申し出てくださったからです」
「違うな。貴官は何故、軍に所属していた? 貴官は何故、軍に所属することが出来た?」
求められている返答は、分かっている。けれどソーマは、それを口にしたくなかった。口にすれば最後、自分のようやく築くことの出来た人間としての心が、アイデンティティが崩れてしまうと気づいていたからだ。悔しさに涙が滲んでくる。兵士によって手錠に電流が流され、ソーマは堪えきれず悲鳴をあげた。触れることすら汚らわしいと思っているのか、グッドマンは顎さえ掴んで見上げさせることもなく、ただ冷ややかな眼差しでソーマを捉えていた。
「答えなさい、ソーマ・ピーリス中尉。貴官は何故、ガンダムを相手に戦うことを許された」
「それ、は・・・っ」
駆け抜けた傷みが、屈辱が、唇と身体を震わせる。脳裏に浮かんだ尊敬する上司の姿に、ごめんなさい大佐、呟いた瞬間、涙がソーマの目尻を滑り落ちた。
「私が・・・・・・超兵、だから、です・・・・・・」
言いたくなかった。これは、セルゲイが育ててくれた「ソーマ」という人間のすべてを否定する言葉だった。無力感から膝が崩れ、床に座り込んでしまう。グッドマンの高らかな嘲笑が、ソーマの頭に降りかかってくる。
「そうだ。貴官は超兵だからこそ軍に所属し、ガンダムを相手に戦うことを許された。貴官の得た階級、称号、報酬、公私にわたるすべてのものは、超兵であったからこそ手にすることが出来たもの。それなのに貴官はどうだ。デザインベイビーである自覚を忘れ、命令に忠実に従うどころか猜疑まで抱き始めている。スミルノフの養子になったそうだが、自分に戸籍があるのかどうか不思議に思うことはなかったのかね? 笑い、喜び、涙する、そんな人のような生き方が許されるとでも思ったか? 超兵である、作られた存在が」
突きつけられる事実の数々に、ソーマの瞳から大粒の涙が零れていく。そう、すべてが真実だ。だからこそ言い返すことが出来ず、こんなにも心を抉り取っていく。幸福と感じる心など、もともとあってはいけなかったのだ。それでも伸ばされた手が優しかったから、温かかったから、もしかしたら自分は人になれるのではないかと思ってしまった。大佐。手にしたぬくもりが、すべて打ち砕かれる。
「超兵は、戦うために作られた存在だ」
グッドマンの言葉は冷たく、ソーマの心を貫いた。

「貴官は人間ではない。命令に従うことしか許されない、オートマトンと同じ無人殺戮兵器だ」

それから僅かの間に起こったことを、ソーマは覚えていない。ただ見開いた瞳には絶望だけが映っていて、何を認識することも出来なかった。気がついたときにはセルゲイとアンドレイがブリッジに駆け込んできており、その後ろにはカティとルイスの姿もあった。足元がふらつき、戦艦の硝子が破られており、ソーマの身は、まるで守るように優しくオレンジ色のガンダムの手のひらに囲われていた。
「行きなさい! ここにいることだけが生きる理由ではない!」
「―――大佐っ!」
「彼らならば、きっと悪いようにはしない。行って、自分の意志を貫きなさい!」
「嫌です、私は大佐のお傍に・・・っ」
「いいから行け!」
激しい叱責に、伸ばしていたソーマの腕がびくりと震える。兵士と揉み合いながらも、セルゲイは穏やかな笑みを浮かべてみせた。行きなさい、優しさと愛情に満ちた声音が、砕けたはずのソーマの心を拾い上げる。
「私の娘は、自分の未来をその手で掴める強さを持っている。―――そうだろう?」
ぱぁんと鳴った銃声を合図に、ガンダムが離陸を始める。吹きすさぶ風の中から、ソーマは必死に手を伸ばし、声を張り上げた。どうか無事で、どうか無事でと、身体の底から祈りながら。
「いってきます、お父さん・・・・・・っ!」
小さくなっていく戦艦の中、セルゲイが微笑んでくれた気がした。必ず帰ります。優しい彼らに向かって、ソーマは誓った。溢れる涙を隠すかのように、ガンダムの手がそっと包み込んでくれる。その気遣いにまた切なくなって、泣いた。





第5話、故郷燃えてねーなぁと思っていたら、真面目に燃えていました。おっさん大ハッスル。
2008年11月3日