「Oガンダムがいて、エクシアがいて、俺がいる。だからダブルオーガンダムは応えてくれると思った」
初めて稼動したダブルオーガンダム。安全領域にも達していない機体を、どうして動かすことが出来たのか。興奮と困惑を混ぜながら問うたイアンに、刹那は己の新たな機体を見上げながらそう答えた。訳が分からなくてイアンは首を傾げていたが、刹那にとっては何より自然な考えだったのだ。Oガンダムがいて、エクシアがいて、刹那がいる。だからダブルオーガンダムは応えてくれる。
それは、運命にも似た存在の交差。
有限ステップ
ライル・ディランディ―――第二のロックオン・ストラトスと、スメラギ・李・ノリエガを連れ、刹那はステーションにてリニアの出発時刻を待っていた。右手はまだスメラギの手首を掴んだままだったが、彼女もライルを見て逃亡することを諦めたのだろう。俯いている横顔は青褪めているが、その戦術予報士としての才能が今のソレスタルビーイングには必要なのだ。それに、スメラギが本気で戦場から逃げたいと思っているのであれば、刹那とてこんなに強引に事を運んだりはしない。場合によっては見逃すことだって考える。それでも逃げ場所を奪い追い詰めるような真似をしたのは、彼女の本心はまだ戦場に立ちたがっていると思ったからだ。喪うのが怖い、それでも贖罪をしたい。そんな気持ちを感じたからこそ、刹那はスメラギを必ずプトレマイオスまで連れて帰ると決めていた。どうせ戦うのならば、やはり仲間のいる場所がいいだろう。
隣に立っているライルを見やれば、彼は広い通路を行き来している人々を何とはなしに眺めている。見上げる、その首の角度が狭まったのは、四年の月日から来るものだろう。ロックオンを見上げるとき、刹那はいつだって僅かに痛む筋を自覚していた。そして、ロックオンはすぐに刹那の視線に気づいて「どうした?」と視線を合わせるように、例えば手摺にもたれるとか、椅子に座るとかして姿勢を変えてくれた。お節介なくらいの優しさにいつも眉を顰めては、困ったように笑われていたことを思い出す。ライルは、ロックオンではない。認識を新たに刹那はライルを見上げる。その視界の端を、赤に近いピンクが掠めた。
「―――ロックオン」
「何だ?」
「少し外す。彼女を見ていてくれ」
手首を解放すれば、スメラギが戸惑ったように腰掛けているベンチから見上げてくる。任せた、とライルに告げ、刹那は人混みで溢れる売店が連なる方へと歩き出した。おいおい、と肩を竦めている気配がしたけれども、背後は振り返らない。未だカタロンと通じている可能性の高いライルだが、ここでスメラギを逃がすほど愚かでもないだろう。彼にとってその行動に意味はないし、仮初としてもソレスタルビーイングに入る今、信用を得るため迂闊な行動は取れまい。そこまで考えて、刹那は自身の思考回路に被りを振った。ロックオンを疑うなんてと思うと同時に、あれはロックオンではないから仕方がないとさえ思い直す。複雑だ。別人だと分かっているのに感情が針を左右に揺らす。同じコードネームなのが悪いのか。
並んでいる売店はクッキーや名産品の他にも、免税されているためか価格の高いブランド品なども多く揃っている。玩具やぬいぐるみを前に子供が親の手を引っ張り、恋人同士が揃いの携帯ストラップを見ている。ユニオン、人革連、AEU、どこの地方のものも手に入るそこで、刹那は24個入りの饅頭の箱を手に取った。裏返して、賞味期限と原材料を確認する振りをする。隣に並んだ影が、別のクッキーの箱を持ち上げた。
「王留美が動き出したわ」
「そうか」
「リボンズに、プトレマイオスの現在地を流してる。間違いなくアロウズにまで伝わるわよ」
「何時だ?」
「今から3時間11分前。感謝してよ? 刹那に知らせようと思って密かに抜け出してきたんだから」
クッキーを棚に戻して、隣の人物―――ネーナ・トリニティはくすりと笑った。四年前より長くなった赤い髪が、コートの肩を流れて刹那の視界の端を陣取る。成長して大人びた姿態を持つ彼女は、悪戯に瞳を輝かせる様が少女のままで、どこかアンバランスな魅力を携えている。今はその存在感を限りなく抑え、次のキャラメルの袋を手に取った。
「王留美は、まだソレスタルビーイングのエージェントとして名を連ねている」
「じゃあ情報の半分はアロウズに筒抜けだと思っていいわね。あのお嬢様、とんだ食わせ物よ。毎日優雅に紅茶飲んでパーティーに出て、夜は天蓋付きのベッドで寝てるし、超一流ブランドの服を一回着ただけで捨てるのよ? もう信じらんない!」
「奴の目的は何だ」
「知らない。世界の変革がどうだとか言ってるけど、あれはただのイカレた女よ。他人にばっかり戦争を強いて、自分だけは高みの見物。戦いの果てに新しい世界がある? はっ! 自分は銃も持とうともしないくせによく言うわ。あたし、ああいうの大っ嫌い!」
ヨハンとミハエル、二人の兄を喪い、ひとり彷徨っていたところをネーナは留美に保護された。匿ってもらい、世話をしてもらい、多くの恩は確かに感じているけれども、個人としての在り様となれば話は別なのだろう。会う度にこうして愚痴を聞かされ、刹那もネーナの留美嫌いを十分すぎるほどに知っている。けれど恭順してエージェントとして動き、ネーナは留美の信頼を得るまでに到った。そして彼女は自分の命を救ってくれた刹那に、それらの情報を流している。この四年間、刹那がエクシアというガンダムを引き連れてアロウズの動向を探ってこられたのも、ネーナによる助力が大きい。
「それにしても、あの男。ロックオンだっけ?」
饅頭の箱を戻し、少し離れた場所にあるチョコレートを見る振りをして、刹那はようやくネーナの方に顔を向けた。視線は合わないが、ネーナの瞳は愉悦に輝いている。眼差しの先、いくつかの売店の向こうにライルとスメラギのいるベンチがあるはずだ。
「笑っちゃうほどそっくりね。双子って聞いてるけど本当?」
「・・・・・・ああ」
「あんなにそっくりじゃ、刹那も辛くない? ソレスタルビーイングに連れて行ったら、みんな泣いちゃうんじゃないの? ピンクの髪の女とか、あのヴァーチェのパイロットとか」
「フェルトはともかく、ティエリアはあいつとロックオンを重ねたりはしない」
「何でそう言えるの?」
「ティエリアにとって、それだけロックオンという存在には意義があるからだ」
だからティエリアは間違わない。その刹那の発言はネーナの気に召さなかったのだろう。大きな瞳がすっと眇められ、甚振ることを目的に吊り上がっていた唇が歪んでいく。彼女の機嫌を損ねたのが、他人の感情の機微に敏いとは言えない刹那にも分かった。もともとネーナには嗜虐的な傾向があるから、言い返されたのが面白くないのだろう。乱暴にキャラメルの袋を置いて、彼女は刹那のターバンを強い力で引っ張った。幸い棚に隠れているからか、他の客から訝しげな視線は送られてこない。間近になったネーナの瞳は暗い感情に満ちている。
「あたし、刹那のそういうとこ嫌い」
「そうか」
「すっごいむかつく」
絞めるに近い力で引かれ、ネーナの唇が刹那のそれに押し付けられる。肉が重なり、僅かにずれる音がして、強引に抉じ開けられるままに応じて、刹那は結んでいた唇を開いた。途端にネーナの舌が押し入ってきて口内を蹂躙する。互いに目を閉じることなく睨み合ったままの、肉惑的なキスだった。吐息が唇の端から漏れる。
「・・・・・・だけど、好き」
どん、と強く胸を押されたため、ネーナの泣きそうに細められた瞳が見えたのは一瞬だった。軽やかに一歩下がって、彼女は騒動に気づかなかった人々の中へと身を混ぜていく。「またね、刹那」と背中越しに振られた手を、刹那はネーナが見えなくなるまで見送り、自身も戻るべく何も買わずに売店を後にした。
喧騒の中を歩いていき、その途中で壁際の時刻表を見上げる。電光掲示板は新たなリニアの到着を告げ、その横に空席情報を三角で表示していた。親子連れが、恋人が、サラリーマンが、老人が、多くの人々がステーションの中を、それぞれの目的のために行き来している。辿り着いたベンチではスメラギが逃げることなく座ったまま居り、ライルは近くの柵にもたれるようにして立っている。刹那に気づき、彼は軽く眉を上げた。
「ティエリアには、ヴェータがいた。ロックオンがいた。四年間ひとりだった。だからティエリアは間違わない」
「は?」
「Oガンダムがいて、エクシアがいて、俺がいる。だからダブルオーガンダムは応えてくれる」
「・・・何」
「アレルヤもきっと同じだ。王留美も、ネーナも、スメラギ・李・ノリエガも。ロックオン、おまえも」
行くぞ、とスメラギの手首を握って立たせれば、彼女はふらつきながらもそれに従った。ゲートに向かって歩き出せば、刹那の隣を半歩下がった位置でライルが着いてくる。
「おい、何の話だよ」
「世界は武力介入程度では変わらなかった。だが、人は変わる。運命とはそういうものだ」
「訳分かんねぇ」
呟いて肩を竦め、ライルが手を伸ばしてくる。四年前ならば弾き飛ばしたであろう指先を、刹那は横目で見やりながらも大人しく甘受した。手袋に包まれた親指の腹が唇の端に触れ、押すように左右に動いてから離れていく。眺めていればライルはその指を自身の唇に当て、にやりと意地が悪そうに笑った。
「運命だって言うなら浮気なんかしてんなよ? 振られるぜ、ガンダムに」
鮮やかなピンクの口紅が、ライルの唇を僅かに彩る。乗るべきリニアが到着し、人々が搭乗口へと向かっていった。そして、運命は宇宙へ上がる。
第2話、ソマちゃんの胸が成長していた・・・。仮面さんの存在には誰か110番をするべきである!
2008年10月12日