四年の月日、信じていた。例えどんな怪我を負っていようと、エクシアを失っていようと、生きてさえいれば彼は必ず戦いに出てくるだろうと。出てきてくれるだろうと、ティエリアは信じていた。そしてその期待を裏切らず、刹那は宇宙へと舞い降りてくれた。
モニターの上、現れた懐かしい反応に抱いた歓喜をティエリアは忘れない。信頼に応えてもらう、その初めての感動を。





開幕のベルを押す





久し振りに、それこそ生き別れたに等しい別離を経て、再会した刹那は背が伸びていた。エクシアを連れながらの潜伏は苦難を極めただろうに、それでも愛機を手放すことなく戦場に身を置き続けていた彼は、ティエリアの記憶にある姿よりも少しだけ痩せていた。もともと僅かしかなかった柔らかな肉が、すべて削ぎ落とされたのだろう。針のような鋭さを感じさせる体躯は、柔軟な筋肉に包まれていることを服の上からでも察させる。顔立ちは相変わらずの諦観と葛藤を抱えていたけれども、その赤い瞳の奥には確かな炎が存在していて、そのことにティエリアは安堵した。姿形は変わったけれども、刹那自身は何も変わっていない。それさえ分かれば十分だ。
トレミーと合流し、ドックに二機のガンダムが並んだ。その光景にいくばくかの感慨を覚えていれば、刹那がイアンにその頭を乱暴に撫ぜられている。二十歳を迎えた刹那に対してもまるで子供のような扱いで、不本意そうに目を眇めている様子にティエリアは小さく笑ってしまった。ブリッジから駆けつけてきたのだろう。入り口で立ち尽くしていたフェルトが、刹那と目が合うと同時に飛びつくようにして抱きついた。よかった、と漏らされた小さな呟きに刹那も驚いていた表情を収め、その肩を緩く抱き返す。四年前は子供にしか見えなかった二人の抱擁も、今では男女のそれを思わせるようになっている。ラッセたちがやってくるのと入れ替わるように、ティエリアは沙慈を独房へと移すべくブリッジを出た。
「ティエリア・アーデ」
それから再び刹那と顔を合わせたのは、シャワーを浴びて報告書を作成し、セラヴィーガンダムの調整を終え、食事を取ろうかと食堂へ向かう最中だった。後ろから呼ばれて振り向けば、色違いの制服に身を包んだ刹那が近づいてくるのが見える。ティエリアが紫なのに対して、刹那は青だ。空よりも深く、宇宙よりも淡いその色は、とても自然に刹那を包み込んでいる。相対しても視線の高さに昔ほどの差はなく、ティエリアは改めて刹那の成長を認識した。
「これから食事か?」
「そうだ」
「俺も行く」
並んで食堂に入れば、他のクルーの姿は見えない。互いに好きなものを選んで席につくと、自然に向かい合う形となった。手を合わせることも無くフォークを握って食事を始める。ぽつりぽつりと会話を交わした。今までのこと、新しいガンダムのこと、変わっていない世界のこと、これからのこと。
「君には、スメラギ・李・ノリエガをはじめとしたクルーの招集をしてもらうことになるだろう」
「了解した」
第二のロックオン・ストラトスがその中に含まれることを、ティエリアは言わない。まだ口に出せないということもあるし、その存在に現実味を抱いていないのも事実だからだ。新たなロックオン・ストラトスが出来上がる。そのことを頭は理解するものの、感情が追いつかない。任務が言い渡されれば刹那も知ることになるだろう。そう考え、逃げだと分かっていながらもティエリアは口を噤んだ。
食べ終えて食器を片付け、食堂を出る。マイスターに与えられる部屋は一角に集められており、刹那はティエリアの向かいに定められた。空いていた三つの部屋のうち、ひとつが埋まる。閑寂が常だった廊下に他人の気配が訪れ、そのことがティエリアを戸惑わせる。じゃあ、と向けられた背を呼び止めてしまったのも、きっとその所為だ。
「刹那・F・セイエイ」
「何だ、ティエリア・アーデ」
「・・・・・・君に触れても、いいだろうか」
発した言葉は意識外のもので、ティエリアも刹那も二人して目を瞠ってしまう。ぎこちない沈黙が落ち、けれど刹那が気まずそうに「ああ」と頷いたものだから、ティエリアも引っ込みがつかなくなって己の手を伸ばし始めた。どこに触れるべきなのだろうか。最良の選択が分からず、とりあえず指先で肘より少し下の位置を掠めた。ぴくりと刹那の筋肉が収縮する。しかし、その一瞬の体温がティエリアの感情を振り切った。
「ティエ・・・っ!?」
驚きの声すら封じ込めるように、強く強く目の前の身体を抱き締める。突発的な事態に身動ぎされたが、それすら逃がさないように。頬に刹那の黒髪が触れる。香る僅かな体臭。腕の中にある骨張った身体。確かな熱。伝わる。存在がここにある。―――もう、認めざるを得ない。刹那に分からぬよう、ティエリアは失笑した。ようやく分かった。自分は、寂しかったのだ。
かつては四人、共にいた。刹那と、ロックオンと、アレルヤと、そしてティエリアと。四人は揃ってガンダムマイスターと呼ばれ、フォーメーションを組んで共に戦うことを義務としていた。世界中を敵に回して、紛争に対し武力介入をする。日々は戦いで安らぎなどなく、徐々に神経をすり減らし、けれどそれでも四人共にいた。互いの事情は知らず、理解すらしようとはせず、ただ同じガンダムを駆る者として背を預けあった。今なら分かる。あの日々は、ティエリアにとって幸福だったのだ。最年少の刹那に対して悪態をつき、ロックオンが間に入ってそれを宥め、アレルヤが困り顔で右往左往している。忌々しいとすら思っていた接触に甘えていた。ヴェーダを失い、ロックオンを喪い、己のアイデンティティすら失いかけて、そして刹那とアレルヤは消息不明となって姿を消した。ひとりソレスタルビーイングに戻って、ヴァーチェしかいないドッグを見上げたときの、あの違和感。あれは寂しさだったのだ。今の今まで気づかなかった。こんな感情が、自分にもあっただなんて。
「・・・・・・ティエリア?」
抱き締めたまま動こうとしないティエリアに焦れたのか、刹那がどうしたのか問うてくる。ゆっくりと身を離して、それでも肩に手を置いたまま向かい合った瞳には、ティエリアの姿が映し出されていた。もう、自覚しないわけにはいかない。ティエリアはとっくに、刹那を仲間として認めていたのだ。期待を、信頼を寄せる、同じ志を持つ仲間として。
「刹那」
ぴくんと刹那が反応した。そんな所作は四年前と変わっておらず、そのことにティエリアは唇を緩める。
「君のことを、そう呼んでもいいだろうか」
「・・・・・・ティエリア・アーデ」
「今更虫の良い話だろうが、また君と共に戦えることを心強く思う。・・・生きていてくれて良かった」
本心だと伝わったのか、動揺していた刹那の瞳が徐々に落ち着きを取り戻し始める。けれど何て答えれば良いのか分からないのか、唇は固く閉ざされたままだ。ティエリア自身、己の変化に戸惑っている。それでも悪くないと思えるのは、相手が刹那だからだろう。ティエリアの認めた三人のうちの一人。
「・・・・・・先ほどの言葉を撤回する」
はぁ、と軽く息を吐き出して、刹那が顔を上げた。それは数えるほどしか見たことの無い柔らかな表情だった。
「あんたは変わっていないと言ったが、あれは違ったな。とても優しく笑うようになった」
「・・・・・・それは褒め言葉か?」
「ああ。四年前よりも今の方が、あんたはずっと綺麗だ」
正直その言葉は微妙だったが、刹那に他意は無いのだと考えティエリアは軽く頷いておいた。一歩離れることで互いの距離が開く。その間に差し出された手を不思議に思って見下ろせば、握手だ、と刹那が言った。
「俺も、あんたと共に戦えることを嬉しく思う。―――これからよろしく頼む、ティエリア」
「・・・ああ。こちらこそ、刹那」
外された苗字に先ほどの問いかけの答えを得て、ティエリアも己の手を差し出した。指先が触れ合い、平が重なり、強く強く握り締め合う。少し痛いくらいのそれが互いの存在を確かに感じさせ、二人して僅かに笑った。
戦いに明け暮れる、日々が始まる。





第1話、ティエがせっちゃんのこと「彼」って言った・・・「刹那」って言った・・・!
2008年10月5日