優しさに惹かれたわけじゃない。きっと、生き方に惚れたのだ。





ゆく者を愛す者





「刹那、いる? ミッションの変更データを持ってきたんだけど」
部屋のブザーを鳴らしたけれども、返答はない。しばらく待ってみたが出てくる気配もなくて、フェルトは小さく肩を落とし、手の中のデータチップを持て余す。次のミッション開始は180分後だ。来るべき戦闘に備えてマイスターたちは休息を取っているはずだし、実際にアレルヤとロックオンは部屋にいてチップを渡すことも出来た。ドックでガンダムの整備をしようものならイアンに怒られるに違いないし、それでは刹那はどこにいるのだろう。検討をつけながら、フェルトは艦内を歩き出す。
食堂にはいなかった。トレーニングルームにも、ミーティングルームにもいない。慣れ親しむほど共にいるわけではないのに、それでもあの黒髪が見えないと不安になる。知らず探す足が速まり、気づくことなくフェルトは走っていた。最後に辿り着いたのは、今は足を踏み入れることがない、フェルトにとっての思い出の場所だ。かつて恋をした、最初のロックオンの本当の名を知った場所。遠い星の中に、刹那がいた。
「・・・刹那」
囁くように呟いて、フェルトはそっと刹那に近づく。彼は雄大な宇宙に背を預けるようにして眠りについていた。朝焼けの瞬間のように鮮やかな紅の瞳も瞼に隠されており、薄く開いた唇から漏れる息の音が彼が生きていることを教えてくれる。寝顔はどこかあどけなく、フェルトの微笑みを誘った。
刹那の寝ている姿を見るのは初めてだ。噂では、マイスターたちでさえそうそうお目にかかれるものではないらしい。彼は人一倍気配に敏く、他人の存在を感じればすぐに目覚めて体勢を整える。ソレスタルビーイングに入って間もない頃は、護身として与えられていた銃さえ相手に向けることがあったと、フェルトはロックオンに聞いていた。野生の猫みたいだったよ、と優しく微笑んだ横顔は、今もフェルトの胸に残っている。
「刹那」
ロックオンのことが好きだった。彼からしてみれば子供の憧れだったかもしれないけれど、それでもフェルトはロックオンに恋をしていた。与えられる自然体の優しさが嬉しかったし、構ってもらえることに喜びを感じていた。戦闘に出る背中を見つめることは苦しくもあり、いつか平和な世界で隣に並べるようになれたら。そう思っているうちに、彼は逝ってしまった。ロックオンはフェルトのことを可愛がってくれたけれども、その心に居場所を作ってはくれなかった。片恋だった。優しい彼が、好きだった。
「・・・刹那も、優しいね」
指先を伸ばして、漆黒の髪を少しだけ撫でる。四年の月日をかけて、フェルトはようやくロックオンを思い出とした。前を見続けたまま死に向かう背に手を伸ばして縋る夢も、ようやく見ることが無くなった。そして今、フェルトの心には刹那がいる。刹那は優しい。それは酷く不器用でロックオンが与えてくれたものとは違うけれども、その優しさは世界ごとフェルトを救おうとしてくれている。今まで生きてきた中で二度目の恋を、フェルトはしている。やはり前を向き続け、戦い続ける人に対して。
前髪を払う。触れた額に、胸が高鳴る。それでも刹那は目覚めることが無く、浮かんでくる愛しさがフェルトの胸を震わせていく。四年の月日は刹那をも変えた。今の彼は、死に向かわない。未来を生きるために戦っている。そのことが、こんなにも嬉しい。
「・・・・・・好き」
フェルトは屈んで、刹那の額に唇を寄せた。懇願ではなく、ありったけの恋を込めて。ロックオン、私、刹那を好きになって良いよね。問いかけに宇宙の中で、ロックオンが笑ってくれた気がした。

データチップを刹那の手のひらに握らせ、眠りを妨げないうちにフェルトはデッキを出た。その瞬間、目の前に紫のジャケットが現れてぎょっとする。見上げればマイスターのひとりであるティエリアが腕を組んで立っていて、ぱく、ぱく、とフェルトの口が羞恥に音も無く開閉した。
「ティエリア・・・っ! まさか、見て・・・!?」
己の行動を一部始終見られていたのかと思うと声も出ない。首筋まで真っ赤に染め上がったフェルトに対し、ティエリアは常の冷静な顔を崩さない。彼は手を伸ばすと、フェルトの持っていた最後のチップをさらっていった。
「ロックオンといい刹那といい、君は相変わらず、面倒な男ばかりを好きになる」
ぱかっと今度こそフェルトの口が開いた。ティエリアは小さく笑い、踵を返す。
「だが、趣味はいい」
愉悦さえ含んでそう言い、ティエリアはデッキに立ち入ることなく去っていく。その後ろ姿をぽかんとフェルトは眺めてしまった。彼が角を曲がり、見えなくなってようやく我を取り戻す。
「・・・・・・褒めてくれたの、かな・・・?」
首を傾げて頬を掻く。くすぐったい気持ちになって、フェルトはもう一度デッキの扉を見つめた。ラストミッションがまもなく訪れる。この戦いが終わったら、刹那に恋を告げてみようか。あなたが好きなのだと。共に、生きたいのだと。伝えられることが幸福なのだと、フェルトは初恋を通じて学んでいる。想うことは幸せだ。
例え未来がどうなろうと、見失うことなく刹那を想おう。誓ってフェルトは、ブリッジへと戻っていった。





ティエリアが女性だったら、ものすごいライバルになっていた気がする、とフェルトは思ったそうな。
2009年3月15日