1.偉大なる太陽が沈んだ
それは、酷く崇高な行為に感じられた。血肉による関わりを絶ち、その身一つで絶対の元へ馳せ参じる。遂行できた覚悟を認められ、伸ばされる神聖な手に撫ぜられる歓喜。己が礎の一部となれる、そんな感覚に謳い溺れた。姿は見えない。絶対は戦いの果てにいる。最期まで戦い抜いた者だけを召し上げてくれるのだと、語られる説法を無邪気に信じた。愚かだった。だが、だからこそ怖くは無かった。
渡された銃は、エデンへの片道切符。トリガーにかける指は、褒めてくださいと微笑んで引き。爆弾を身につけ特攻する仲間を、羨ましがって見送った。戦いは聖戦だった。神へ通じる、唯一の道。そう信じていた。
月が昇る。太陽が沈む。月が昇る。太陽が沈む。今日もまた黄昏時がやってくる。
何機ものアンフに囲まれ、それでもソランは死を覚悟しなかった。死の果てに神はいない。神などどこにも存在しない。もはや彼は理解していた。この戦いは聖戦でも何でもない、ただの戦争だ。そして自分は神に許された戦士ではない、ただの兵士。使い捨ての駒として体よく集められた、ただの子供。歯を食いしばるけれども、乳歯の抜けた奥歯では力など入らない。
けれどそれも、降り注いだ光の矢によって奪われた。宙に浮く薄紅のモビルスーツ。見上げるソランにでさえ分かった。あれは別物だ。アンフなど敵にもならない。ましてや己の抱えている小銃などとは、天と地ほども。
「おい、そこのガキ! 黒髪のてめーだ!」
ジープの近づいてくる音がして、すぐに後ろから腕を掴まれた。引きずりあげられて放り込まれた後部座席に頭をぶつける。反射的に閉じた目を開いてぎょっとした。赤い髪の男が舌打ちしながらモビルスーツを睨み上げている。自分たち子供の前では見せなかった顔は、やはり獣染みていた。分かっていた。この男は、そういう男なのだ。
「こりゃもう駄目だな。どこのどいつか知らねぇが、あんなのに出てこられちゃ手の打ち様がねぇ。撤退だ撤退!」
がん、と男が後ろから蹴り飛ばすと、運転手がスピードを上げた。ジープはどんどんとモビルスーツから離れていく。驚いていたソランは、騒音の中僅かに聞こえてきた声に顔を上げた。建物の瓦礫の間から、まだ生き残っていた子供たちが駆け出してきている。手を伸ばしている。ジープはスピードを緩めない。
「ま・・・っ」
ソランは思わず男に、アリーにしがみついた。
「待って! みんなは!? まさか置いていくのか!?」
「あー? 何言ってんだ、おまえ」
やる気を削がれたのか、座席に腰を落ち着けたアリーは己の髪を掻き毟り、馬鹿にしたようにソランを見やる。
「あんなガキ共を連れてって何か得でもあんのか?」
「あ、あんたが俺たちをこうしたんだろ!?」
「あぁそうだ、俺がてめーらに神を仕込んだ。でもおまえだってもう気づいてんだろ? この世に神なんかいやしねぇ。信じられんのは自分と金くらいのもんだ」
あと力だな、とアリーが笑えば、運転席の男も笑った。少し離れたところに数台のジープが見える。乗っているのはみな、神の使いだと言って自分たちを導いてきた大人ばかりだ。アリーの部下である彼らは、一様に子供たちを振り切って同じ方向へと走っている。このような場合を想定していたのだろう行動に、ソランは今更ながらに理解した。本当に、自分たちはただの駒だったのだ。大人たちにとっては都合の良かった殺戮人形。
伸びてきた手に顎を掴まれ、痛いほどの力で引き寄せられる。間近になったアリーからは、血と硝煙と醜悪の臭いがした。けれどそれを誇りだとでも言うかのように、自信を持って歪められた唇。ソランの息が詰まる。
「てめーは見所があるから連れてってやるよ。世界を見せてやる。神なんか関係ねぇ、自由な世界をな」
「・・・・・・っ・・・」
「とにかく、こんな何もねぇ国とはさっさとおさらばだ。次はもっと都会に行こうぜ? いい女が山ほどいるような街によ」
ぎゃははは、という笑い声と共に手が放される。額を叩く手は力が強く、ソランは再度座席に転がった。銃が手のひらから落ちる。待って、と仲間たちの声が聞こえる。のろのろと緩慢に振り向けば、朝食を一緒に食べた顔が見えた。隣の家に住んでいた顔も。生きていたのか。そんなことを思っているうちに小さく見えなくなっていく。
黄昏が終わる。ここで死ぬのと、これから先を生きるのと、果たしてどちらが楽なのだろうか。硬いジープに揺られながら、ソランは銃を拾い上げた。隣にはアリーがいる。もはやこの世界からは逃げられない。
薄紅のモビルスーツに、背を向ける。
(神なんて、この世界にはいない。)
2.嘘だらけの世界で生きるぼくら
アリーに連れられるようにしてソランが所属したのは、PMCという組織だった。表立っては民間軍事会社だが、裏では各地の紛争に赴くという傭兵集団。そのトップがアリー・アル・サーシェスだった。それら事実を知る度に、ソランは如何に自分たちが愚かだったかを理解せずにはいられない。クルジスとアザディスタンの紛争でさえ、この男にとっては金を生み出す泉だったのだ。なんて惨めな。
駒から傭兵へと格上げされ、ソランは数多くのことを教えられた。ナイフを使った格闘技だけでなく、様々な銃の使い方、爆弾の作り方や処理の仕方、殺すための術を、戦場で必要と思われる多くの知識を教え込まれた。新聞を読めとも言われた。文字が読めないと告げれば、アルファベットの書き取りからやらされた。みすぼらしい容姿を整えろと言われて、床屋にも服屋にも通わされた。待遇は、もしかしたら悪くなかったのだろう。少なくとも衣食住は保証されていた。クルジスの少年兵だった頃からは想像もつかない。けれど施されるのはどれも、優秀な傭兵を作るための工程だった。
「ソラン」
呼ばれて振り向けば、アリーがいた。ソランに銃の組み立てを教えていた男が、「隊長」と立ち上がって気さくに片手を上げる。PMCはアリーを頂点に、信頼や羨望、そして打算で成り立っていた。共通するのは皆戦うことが好きだという、その点だけだ。よぉ、とアリーも手を上げて答え、そのままにソランの黒髪へ落とし、ぐしゃぐしゃと撫で回す。
「朗報だ、ソラン。おまえの初陣が決まったぜ」
ぴくりと反応すれば、アリーは声を低くして笑う。
「太陽エネルギーの使用に反対しているお偉いさんの暗殺だ。ちゃちな任務だが、おまえみたいなガキには最適だろ」
「・・・・・・暗殺」
「そうだ。これじゃ簡単すぎるからな、俺からの課題をやるよ。殺すときは額に一発。それで仕留めてこい」
ここだここ、とアリーは人差し指をソランの額の中央に押し付ける。眉を顰めれば、それすら面白いのかアリーは肩を揺らした。良かったな、ちゃんとやれよ、と部屋にいた男たちが次々にソランの薄い背を叩く。
自信はあった。遂行できるかと問われれば、是と頷ける。傭兵として飼育されて二年。お偉方だろうが何だろうが、相手が人間なら簡単だ。小銃で殺せるのだ、アンフなどとは比べるべくも無い。ソランはゆっくりと瞼を下ろす。次いで押し上げたことで現れた眼に、アリーが満足げに笑った。頭を掴む手は強い。
「そうだ、その眼を忘れるな、ソラン。おまえは戦場でしか生きられない人間なんだよ」
頷きはしなかったけれど、理解はしていた。もはや生きるべき場所など他にはない。ソランは銃を握り締めて、下された命令を受け止めた。自由な世界は、色だけは無駄に鮮やかだった。
(悪魔がいるのだとしたら、きっと目の前の男の姿をしている。)
3.明日さえも見えないのに未来なんてわかるはずもないよ
西暦2307年。AEUの後ろ盾を得て、PMCは本格的に世界を巡る戦争への参加を決めた。モラリア共和国にて、ソレスタルビーイングを誘い出し向かい撃つ。合同演習という建前に嘲笑しつつ、アリーは格納庫で二機のイナクトを見上げていた。口元はにやにやと品の無い笑みを浮かべており、まもなく始まる戦闘を彼が心待ちにしているのは明らかだった。
「ソラン見ろよ、この真新しいオモチャをよ」
「・・・・・・AEUの新型か」
「PMCで独自に手を加えたらしいけどな。これでガンダムを鹵獲しろってよ。まったく面倒な仕事を押し付けやがるぜ」
「顔はそう言っていない」
「そりゃそうだ! 報酬は一生遊んで暮らせる額だぜ? しかも相手はガンダムとくりゃあ、血が騒ぐってもんだろぉ?」
アリーの隣に並び、ソランも光り輝く機体を見上げた。先日派手にお披露目され、ソレスタルビーイング初介入の相手となった新型機。ユニオンのフラッグを参考にしたため似た箇所がいくつも見られ、芸がないとソランは小さく呟いた。アリーが笑う。
「一機はおまえにやるよ。マッチョなガンダムはAEUのエースとやらが相手にするらしいからな。ソラン、おまえオレンジと緑のどっちをやりたい?」
「どちらでも構わない」
「んじゃ、おまえは緑をやれ。おまえは接近戦はいいとこいくのに、狙撃が甘ぇからなぁ」
ったくよぉ、と肩を竦めるアリーは、獣染みた嗅覚のせいか、時代の先を読む鼻は確かだった。ソランにも多くのモビルスーツに関する技術を与え、特にパイロットとしての腕前は16歳になった今ではPMCの中でもアリーに次ぐところまで来ている。とはいえ、最新機に乗るのは初めてだ。かつて倒すのに苦労したモビルスーツに、今度は自分が乗る。握るのは銃ではなく、操縦桿だ。空も黄昏ではなく青く広い。
「新型とはいえ、この機体じゃガンダムを鹵獲するなんて夢のまた夢だな。適当に遊んだら撤退するぜ」
「了解した」
「リアルIRAも大人しくなっちまって、つまらないったらありゃしねぇ。ガンダムさんには憂さ晴らしに付き合ってもらわねーとなぁ」
アリーが別に率いていたKPSAは北アイルランドでも数多くのテロ活動を起こしてきたが、それもソレスタルビーイングの武力介入によって活動停止を余儀なくされた。しかしアリーが世界中に戦争の芽を植えようとしているのをソランは知っている。この戦いの後、世界各地で自爆テロが起こるのだ。そして、ソレスタルビーイングが介入する限りテロは止めないと宣言する。爆弾を身につけて往くのは、かつてのソランと同じ集められた駒たちだ。空しさに視線を落とす。
「・・・・・・ガンダム」
呟けば、幼い記憶が甦った。黄昏時に舞い降りた機体。神はいない。小さくソランは切り捨てた。
(興味は無い。金にも、ガンダムにも。)
4.病的なラブソングを君は唄う
モラリア共和国とAEUの合同演習への介入は、ソレスタルビーイングにとって今までのミッションとは違った様相を呈した。おそらく初めてと言ってもよい、苦戦を強いられたのだ。ティエリアのヴァーチェは簡単に相手を薙ぎ倒したが、アレルヤのキュリオスは適確な狙撃をしてくる相手に、ロックオンのデュナメスは超接近戦を強いてくる相手に梃子摺ってしまった。後者はどちらも改造型のイナクトで、AEUのそれとは違ったチューニングに、一体どこの機体なのかと眉を寄せる。しばらくの後、答えは王留美らによるエージェントから報告された。
「あの改造イナクトに乗っていると思われるのは、元KPSAのリーダーであるアリー・アル・サーシェスという男ね」
データに目を通しながらのスメラギの言葉に、ロックオンが音を立てて立ち上がった。白皙の横顔は怖いくらいに固まっており、次いで静かで強い憎悪を燃やし始める。アレルヤが困惑したように彼を見上げた。
「もうひとりは、サーシェスの部下であるソラン・イブラヒム」
「ソラン・・・・・・?」
「知ってるの、ティエリア?」
アレルヤが今度はティエリアを振り向けば、彼は秀麗な顔に珍しく明らかな嫌悪を浮かべている。冷笑では無く蔑むかのようなそれに、問うたスメラギでさえも戸惑った。ティエリアは忌々しげに眼鏡を押し上げ、唇を開く。
「本人に会ったことはありませんが、名は知っています」
「名前は知っている?」
「ソラン・イブラヒムはヴェーダが選抜したGN-001―――ガンダムエクシアのマイスター、その第一候補だった人間です」
「・・・っ・・・!」
「何ですって・・・!?」
アレルヤが息を呑み、スメラギが目を見開く。ロックオンが勢いよく振り向いたのをティエリアは黙殺した。握り締めた拳は、家族の仇を知ったからか、それともその存在と同僚になる予定だったこと知ったからか。どちらにせよ関係ない。ティエリアは映像として出された黒髪の少年を睨みつける。作られた自分とは違う、ヴェーダの選んだマイスター。
「クルジス共和国の出身らしいですが、ヴェーダが奴を選んだときには紛争の真っ最中で、戦火から連れて来るのは危険すぎると判断し時機を見ていたとか。紛争が決着した後にはすでに生死すら不明で、それ故にエクシアのマイスターは未だ空席のままです」
「マイスター候補・・・・・・それなら、あの操縦技術にも納得がいくわね」
「でもスメラギさん、彼はまだ子供ですよ!?」
「年齢など関係ない。奴はヴェーダによって選ばれていた」
「―――そうだな、歳なんて関係ない」
くつくつと漏れてきた笑い声は、酷く暗いものだった。常のロックオンらしくない病んだ様子に、スメラギが眉を顰める。ああ、と天井を仰いでロックオンは唇を歪めた。
「俺は今、生まれて初めて紛争に感謝している。両親と妹の仇と同僚になるだなんて、考えただけで反吐が出そうだ」
「ロックオン」
「ソレスタルビーイングに入って、これほど嬉しかったことはない。仇の名を知れて、しかも葬る大義名分がある。これでやっと、俺は過去を清算することが出来る」
うっとりと浮かべられた微笑は、限りない愉悦に満ちていた。慈しみと言っても良いかもしれない。美しいほどの憎悪に、アレルヤが身を震わせる。スメラギは唇を噛み締めて眼差しを伏せた。ティエリアはただ、映っている少年を睨み続ける。
強すぎる執着は、愛にすら似ていた。
(さぁ、復讐を果たさせてくれよ。)
5.罪なしの罰はありえない
「やぁ、刹那・F・セイエイ君」
ガンダム鹵獲のために組まれたユニオン・人類革新連盟・AEUによる合同軍事演習は、タクラマカンで行われることとなった。明らかな罠にも、武力介入を主張しているソレスタルビーイングはやって来ざるを得ないだろう。愛機の改造イナクトを見上げていたソランは、AEUの外人部隊で使用している偽名を呼ばれて振り向いた。近づいてきているのは、どこからどう見てもユニオン系の男。青い軍服はそれを証明しており、年齢よりも童顔な顔はソランも知ったものだった。
「グラハム・エーカー上級大尉」
「グラハムで結構。私は君の直接の上官ではない」
そう言われても、ソランに彼のファーストネームを呼ぶつもりはない。隣に立ったグラハムは細く見えれどそこそこの身長があり、やはり軍人らしい身体つきをしていた。それでもアリーに対するような恐怖は覚えない。良くも悪くも軍人なのだろう、とソランはそんなことを考える。
「ビアッジ隊長は留守かい?」
「はい」
「君たちの部隊は、AEUと共に動くのだろう? ということは、あの一際大きなガンダムの鹵獲が担当か」
はい、ともう一度ソランは頷いたけれども、自分とビアッジ―――アリーは別働することが決まっている。アリーの読みでは、この軍事同盟による攻撃でもガンダムを鹵獲できるか否かは五分五分だ。消耗戦に持ち込めば、数で勝っているこちらが勝つのは当然。だが、ガンダムをバックアップしている組織が鹵獲されるのを黙って見ているわけがない。新たな戦力が投入されてくる可能性も五分五分だと、ならば自分たちはそれを狙うのだとアリーは企んでいた。鹵獲してAEUにも渡さねぇ、俺たちの機体にしちまうんだよ、と笑っていたアリーは、今はアグリッサを受け取りに行っている。
「刹那」
この名は、アリーによってつけられた。一秒にも満たない時間を生きるものだと、皮肉をも混ぜながら。
「君はどうして、外人部隊に?」
「・・・・・・あなたに話す理由が?」
「私は軍人だ。戦うことに誇りを持っている。だが、君はそう見えなくてね」
ソランが視線を移せば、グラハムはまっすぐに見下ろしてくる。青い瞳は真摯な印象を与え、清廉潔白な人となりを伝えてくるかのようだった。アリーの持つ醜さなど、そこには欠片もない。ソランの持つ穢れも見えない。
「君は、戦争を憎んでいる」
瞳を僅かに見開いてしまったのは、ポーカーフェイスを教えられてきたソランにしてみれば失態だった。けれどグラハムは何が嬉しいのか、小さく唇を緩ませて微笑する。軍人の雰囲気が柔らかに溶けた。
「失礼。凄腕のパイロットである君に対して向ける言葉ではないが、私にはそう思えて仕方なくてね。君は戦争を憎んでいる。戦い自体を怖れていると言ってもいい。そんな君がどうして外人部隊などにいるのか、私は気になって仕方がないのだよ」
「・・・・・・」
「刹那、君の思想は、もしかしたらソレスタルビーイングに近しいのでは?」
武力による紛争への介入。絶対的な力を示すことで世界をひとつにまとめようとしている私設武装組織。近い、と、感じたことはソランとてあった。少なくともさっさと戦争など無くなってしまえばいいと、何度も思った。それでも戦場に立っている、その理由は。
「・・・・・・神なんていない」
グラハムが怪訝そうに瞳を瞬いた。ソランが己の仇にも近いアリーの下、戦場に立っている理由は。
「この世界に、神なんていない。だから俺は、どこにも行けない。戦い続けるしか許されない」
手のひらは銃を握りすぎて、年齢に見合わず硬くなってしまった。身体はいつまで経っても大きくならず、未だ子供でしかありえない。足は動かない。視界は未来を捉えない。出来るのはただ、トリガーを引き続けることだけだ。
呟いて黙り込んだソランに、グラハムは「困ったな」とこめかみを掻いた。「君を攫って溢れるほどの幸福で満たしてしまいたいよ」と彼は優しく囁いた。
(この小さな子供に、万感の愛を。)
6.Good bye and never
握り締める手は、血に濡れている。最初に殺したのは父親。次に母親。聖戦に参加するための資格だと信じ、自ら己の両親を屠った。愚か過ぎる切っ掛けだ。そして参加した聖戦で、日々戦い続けて殺し続けた。無抵抗の人間の手を組ませ、後ろからその心臓を撃ち抜いた。そうすることが義務であり、神への奉仕に当たるのだと疑い様も無く思っていた。ひとり殺すたびに褒めてください、と神がいるだろう空に笑った。馬鹿だった子供だ。時が経つにつれて疑いを持ち始め、神などこの世界には存在しないことを知った。そしてその考えは肯定された。神に仕えていたはずの子供は、ただの大量殺人者に姿を変えた。気づけば両親も仲間も、すべて失っていた。自ら振り落としていたのだ。ソランが好き好んで。誤っていたとしても知らなかったとしても、自ら切り捨てた事実は消えやしない。
こんな愚かな人間が、どうして生きていけるだろう。死にたかった。けれど死ぬことは許せなかった。それでは両親を殺したことも、仲間を見捨てたことも、すべてが意味無いものになりえてしまう。生きねばならなかった。けれど平穏に生きることは許せなかった。両親を殺し、仲間を見捨てた人間が、今更何も知らない顔で幸福を得るなどありえない。生きねばならなかった。けれど平穏には生きれなかった。許されるのは、銃を握ることだけ。すべて振り落としてきた手のひらの中、残っていたのは武器だけだった。だからソランは、銃を手に取る。
この世界に神はいない。だから自分は救われない、赦されない。救われるべき存在ではなく、赦されるべき存在でもない。だからこそいつかこの罪のために殺される日を夢見て、ソランは戦場に身を置き続ける。戦いは彼にとって忌むべきものであり、そしてまた贖罪の手段でもあった。苦しんで苦しんで、そして死ねる日が来るといい。
右手のひら、中指と薬指と小指を折り曲げて、人差し指だけをまっすぐに伸ばす。親指はちょうど直角になるように。形作られた銃に左手を添え、ソランは前を行く背中に焦点を合わせる。アリーが振り向き、下卑た笑みを浮かべた。
「おまえに俺は殺せねぇよ、ソラン」
頭に一発、胸に二発。今まで何万回と繰り返してきたことをすればいいだけなのに。
アリーはまた前を向き、歩き続ける。無駄になった右手の人差し指を見下ろし、ソランは唇を噛んで己のこめかみに押し当てた。ばん。意味の無い呟きに、どこかで神が笑っている気がした。
(涙すらとうに涸れ果てていた。)
明るくない日々に寄せて / title by 1204
2008年3月30日