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臓硯が積極的に介入することで、第四次聖杯戦争は目まぐるしく事態が動いていた。最初にランサー陣営の脱落。次に魔術を隠そうともせず事件を引き起こすキャスター陣営の討伐。アサシンがライダーの固有結界によって殲滅され、マスターが行動不能に陥ったところを臓硯に狙われ、セイバーが敗れた。そうこうしている間にアーチャーがライダーを下し、開始から五日を過ぎた頃には、すでに残されたのはバーサーカーとアーチャー、すなわち臓硯と時臣のみになっていた。
そうして六日目の今夜、すべての戦いに幕が引かれる。臓硯にせよ時臣にせよ、目的は根源への到達だ。相性からすれば間違いなく臓硯が優位と言える。バーサーカーはすべての宝具を自分のものへと変えることが出来、これは間違いなくギルガメッシュの天敵だ。そうしてマスター同士の戦いは、臓硯に経験と魔力量と技術のすべての軍配が上がる。時臣とて魔術師としては優秀だけれども、そも聖杯戦争におけるサーヴァントシステムの立案者である臓硯とは比べ物にならない。ギルガメッシュがありったけの武器でバーサーカーを押し潰すことが出来るのか、もしくは言峰綺礼が割って入り臓硯を暗殺するのか。それとも臓硯が時臣を葬るのが先か。決着は一晩で着くだろう。
バーサーカーを従えて、臓硯が赴いていく。聖杯降臨地は柳洞寺だ。器となるアイリスフィールの遺体は監督役である言峰璃正が引き取ろうとしたが、臓硯はそれを出し抜き、柳洞寺へと納めた。監督役が時臣と通じていることを最初から見通していたからだ。切嗣は漆黒のコートを着込み、煙草をそのポケットへと押し込んだ。玄関ではすでに荷物を抱えた雁夜と桜が待っている。鶴野は声をかけたけれども部屋に閉じ籠るばかりでどうしようもなかった。
「雁夜、これを」
煙草の代わりにポケットから取り出したものを、切嗣は押し付けた。
「航空券?」
「ロシア行きのチケットだ。向こうに着いたら、そのメモに書いてある人物を訪ねるといい」
二枚の飛行機のチケットと共に渡されたメモには、切嗣の走り書きで女性らしい人物の名と住所らしきものが連ねられている。
「父さんを喪って路頭に迷っていた僕を導いてくれた人だ。口は悪いけれど性根は真っ当な人だから、きっと君たちの力になってくれる」
「・・・おまえは一緒に行かないのか?」
「僕は見届けなくちゃいけない。根源への道を」
それが衛宮の、切嗣を庇って死んだという父親の悲願であると知っているから、雁夜もそれ以上言わずにチケットとメモを鞄に入れた。
「分かった。この人に会ったら、おまえは元気だって伝えとく」
「・・・ああ。勝手をしてすまなかったと伝えてくれ」
「それはおまえ自身の口で言え。全部終わったら会いに来ればいいだろ」
「・・・そうだね」
「そうだよ」
雁夜の力強い頷きに、切嗣は小さく笑ってから身を屈めた。膝を着いて、同じ目線で桜を見つめる。その小さな手のひらを取り、指輪をひとつ落とした。薄紅の控えめな、それでも可愛らしいデザインの指輪だった。
「これが君の魔術素養を現段階のまま変化することなく抑えてくれる。いいかい、絶対に外しては駄目だよ。君の力が見つかってしまったら、怖い魔法使いが来て雁夜とは一緒にいられなくなってしまうからね」
右手の小指に嵌められたきらきらと輝く指輪を見つめ、桜はうん、と素直に頷いた。
「ありがとう、切嗣おじさん」
「僕こそありがとう。楽しかったよ。まるで娘が出来たみたいだった」
切嗣が頭を撫でれば、桜は嬉しそうにはにかんで抱きついてくる。雁夜は笑いながらそれを見守った。桜にとって切嗣は、雁夜の次に安心できる存在だった。突然寄越された間桐家で、雁夜はいなくて、恐ろしくて震えていた桜を背に庇ってくれたのが切嗣だった。幼い桜は間桐の魔術がどういったものか理解していない。それでも鋭敏な才能が警報を発していた。怖かった。けれど切嗣が守ってくれたから、桜は桜のまま今日を迎えることが出来た。ぎゅう、と桜が抱き着けば、切嗣も優しく背を撫でてくれる。
「おまえもさっさと良い人見つけて結婚しろよ。何かふらふらしてて見てて危なっかしい」
雁夜の揶揄に、切嗣は困ったように笑った。
「僕を愛してくれるような人がいるかな」
「いるだろ、絶対。絶対にいるから諦めんなよ」
「切嗣おじさん、桜がおよめさんになってあげる」
「駄目! 桜ちゃん、それは駄目だから! おじさんが許しません!」
「って、雁夜が駄目だって言うからごめんね、桜ちゃん。でもありがとう」
別れは和やかだった。決着がいつ着き、それがどういう形になるのか分からない以上、雁夜は桜を連れて出来るだけ早く冬木から離れなくてはならない。万が一臓硯が敗退したときに、桜が次の聖杯戦争への母体として利用されないためには。レンタカーに乗り込み、雁夜はシートベルトを装着した。開けた運転席の窓から、外に立つ切嗣を見上げる。
「じゃあ、またな」
「ああ。元気で」
「死ぬなよ」
最後の言葉に、切嗣は笑っただけだった。ばいばい切嗣おじさん、またね。桜がそう言って手を振り、雁夜はアクセルを踏み込む。バックミラーに映る姿はすぐに闇に紛れ、小さくなっていった。様々な便宜を図ってくれた切嗣のためにも、雁夜は桜と共に逃げることだけに集中した。友とはまたいつか、再会できる日を祈って。
この時点でアイリスフィールはすでに亡くなっています。舞耶は多分、まだどこかの国で兵士やってる。
2014年2月28日(pixiv掲載2014年2月24日)