eleven seconds
その日以来、雁夜は嫌で嫌で仕方なかったけれども間桐家に戻ることにした。桜のためだ。ぶっちゃけた話、桜を間桐家に養子に出した時臣は顔が変形するほどぶん殴ってやりたいけれども、今は保留にしておくとする。臓硯の魔の手から桜を守ることが第一だったから、雁夜は出来る限り外に出ることを止め、桜の傍にいるようにした。ルポライターの仕事はすべてネット経由で行っていた。一般的な魔術師は電化製品などの現代機器を嫌うらしいが、間桐家はそうではなく、便利なものはそれなりに使うという方針であったことに心底感謝している。
そうしていくばくかの日にちが経った頃、雁夜は切嗣から臓硯の肉体を「成長」させるのだと聞き、その場に立ち会うことにした。久方振りに足を踏み入れる蟲蔵は、相変わらず醜悪の臭いに満ちている。
「何じゃ。今日は見学人がいるようじゃの」
切嗣の描く魔法陣の傍に立つ臓硯は、相変わらず桜と同じくらいの年頃に見える。恥ずかしげもなく裸体を披露しており、儀式に必要なのだろう術式が、その身体にも刻まれていた。子供らしくない老獪な笑みに見上げられ、雁夜は階段の上から吐き捨てる。
「どっかのクソジジイが馬鹿なことやるって聞いたんでね。見せ物の価値があればいいけどな」
「ふん、口だけの小僧が。まぁいい、好きにしろ」
「臓硯様、所定の場所に」
「ああ、分かっておる」
切嗣の声掛けに、魔法陣の中央に移動した。描かれている陣にどういった術式が組まれているのか、魔術の勉強を碌にしたことのない雁夜には分からない。けれど何か凄いことが起ころうとしているのは見ていて分かった。切嗣の身体が徐々に発光し始め、それは魔法陣を通じて伝わり、呼応するように臓硯の身体も輝いていく。厳かに切嗣が、呪文を唱える。
「Time alter――10000x accel」
今まで以上の眩い光が、切嗣から魔法陣を介して臓硯へと注がれていく。雁夜は思わず腕で視界を遮った。常に暗く淀んだ蟲蔵が、今は光に満ちていく。煌々と四方を照らし出すそれがゆっくりと収束していき、陣の上に乗るように定着していく。そうして、雁夜の目は確かに見た。臓硯の身体が徐々に、徐々に、それでも確かに「成長」していくのを。目に見えて分かるほどに髪が伸び、背丈が変化していく。信じられずに雁夜が呆然としていれば、魔力を注ぎ終わったのだろう、切嗣が些かふらついた足取りで雁夜の座る階段の一番下に腰かけた。
「まさか、本当に・・・」
驚きで声も出ない雁夜に、切嗣は煙草を取り出して火をつけた。吐き出される煙の先で、臓硯が見る間に幼児から少年へと変化していく。
「時間を一万倍速で進ませているから、一時間もあれば一年分身体は成長する。僕の魔力にも限りがあるから一晩で四年、それを月に一度が限度だ。身体が変化する分、魔術もその身に馴染ませる必要があるからね。僕が成長させる、臓硯様がその身に合った力を身に着ける、僕が成長させる、その繰り返しさ」
「切嗣、おまえ本当に天才だったんだな。俺は魔術師が嫌いだけど、でもこれは本当に・・・凄いとしか言いようがない」
まさに奇跡である。魔法のようだと思う雁夜に、切嗣は煙草を吸いながら肩を竦めた。
「こんなものは研究の副産物でしかないよ。死徒化を果たし、その上で時間を無限に加速させ、宇宙の終焉を観測することで根源に至ろうというのが父さんの理論だ。一段階を乗り越えたから、次は更なる段階に進まなければならないんだけど・・・さて、どうするか」
切嗣の話を聞きながら、雁夜は変化していく臓硯を見守った。こうして四時間が経つ頃には、十歳程度の年齢に育った父親と見えることになるのだろう。魔術師の宿願に興味なんて欠片もなかったけれども、雁夜にとって目の前の光景は奇跡以外の何物でもなかった。
そうして鶴野の髪質で雁夜に良く似た若く魔力があり技術を持ち謀略も知っている臓硯さんという最強のマスターが誕生するわけです。
2014年2月28日(pixiv掲載2014年2月24日)