[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。
nine seconds
「桜!」
脇目も振らずに、冬木の間桐家に舞い戻った。十一年振りになる分厚い扉を押し退けて、敷居を跨ぐ。家中に響き渡るかのような声で名を呼べば、少し遅れて軽い足音が聞こえてきた。近づいてくる。小さな影が階段の上に現れる。
「雁夜おじさん・・・っ」
「桜・・・!」
階上で桜が、その幼い顔立ちを歪ませる。けれどそこにあるのは心細さから来る安堵で、すぐさま階段を駆け下りてくる様子に雁夜は心底安堵した。間に合った。間に合ったのだ。桜はまだ感情を持っている。魔術師になんてなっていない。間桐の、あの外道な魔術に染め上げられてはいない。自分はまだ間に合ったのだ。良かった。本当に良かった。
自らも駆け寄って、雁夜は桜を抱き締めた。小さな手のひらも力一杯雁夜に縋りついてくる。いきなり葵や凛と引き離されて、間桐の家にやられて、さぞかし不安だっただろう。怖かっただろう。もう大丈夫だから、俺が守るから。決意を込めて、雁夜はただただ桜を抱き締めた。静かな気配を携えて、階段を降りてくる影がある。
「・・・ありがとう、切嗣」
安堵して震える声で礼を告げれば、十一年振りの再会になる相手は、緩く首を横に振った。
「・・・前に雁夜が話してくれただろう? アオイサンっていう幼馴染について。だから、もしかしたらと思ったんだ」
「ああ。ありがとう・・・ありがとう・・・」
魔術回路の途絶えた間桐家に、どうして桜が養子に出されたのか。家を捨てた雁夜でも分からないわけがない。おそらく臓硯は、桜を使って間桐家の復古を企んでいるのだろう。桜には魔術師の才能がある。それを間桐のために使うのだ。きっと、あの悍ましい蟲を使って、桜を蹂躙し、意のままに操るに違いない。そんなことをさせてなるものか。
再び雁夜は、臓硯への反抗を決意した。かつては雁夜に才能がなかったから家を出ても許されたに違いない。だけど今回は桜がいる。逃げることは許されない。逃げたとしても桜だけは連れ戻されるに違いない。どうすれば、と雁夜が必死に思考を巡らせているときだった。
「――そこにいるのは雁夜か? ゆめゆめ顔を見せるなと言い聞かせたというのに、愚かはいつまで経っても治らぬか」
「っ・・・ジジイ・・・!」
物言いが父親のもので反射的に雁夜は悪態を吐いてしまったが、階段の上に現れた姿は初めて見るものだった。目を剥き、息を呑む雁夜に影は笑う。厭らしい笑みは臓硯を思い起こさせるのに、目の前の人物に見覚えは影も形も存在しなかった。
「久しいのう、馬鹿息子よ」
笑う雁夜の父、臓硯と思しき存在は、桜と同じ歳くらいの男児の姿をしていた。
何だ、あれは。
2014年2月28日(pixiv掲載2014年2月24日)