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雁夜が中学二年生になると同時に、兄の鶴野は都内の大学に進学するべく家を出て行った。間桐の家から一時とはいえ逃げられる安堵と、離れることでなお増すだろう脅えとで、転がるように兄は屋敷を出て行った。その背を冷めた目で見送る雁夜に感慨はない。鶴野は面と向かって臓硯に反抗することも出来ない小心者だった。雁夜は逆に刃向い、その度に厭らしい笑みと口調でこき下ろされ、躾と称して蟲蔵へと放り込まれることもあるけれども、それでも臓硯にただ脅えるだけではいたくなかった。だからせめて無力と分かっていても噛み付くことだけは決して止めない。
「僕の父は魔術師でね。世界中を転々として暮らしていたんだ。母のことは覚えていない。物心つく前に亡くなったらしい」
「ふうん。同じだな。俺の母さんも、俺を産んですぐに死んだから」
「そうなんだ」
切嗣とはすでに友達だった。臓硯は体内の蟲が日光を嫌うことから、余り自室を出ることはない。兄がいなくなったため、今ではリビングのソファーに座り、テレビを見てスナック菓子を食べながら話をすることも多くなった。切嗣は相変わらず学校に通わず研究をしているからか、肌色は初めて出会ったときと比べて白くなり、決して病的というわけではないけれども逞しい身体つきではなくなっている。
「南海の小さな島で、父も死んだ。十二のときだ。僕の固有結界は、その島の海をイメージしているんだと思う。凄く綺麗な海だったから」
「いいな。俺も行ってみたい」
「本島から船で二日かけて行くような島だよ。娯楽はないし、あるのは海だけだ。島の人はみんな優しかったけど」
じゃあコンビニもないんだな、と雁夜が言えば、そりゃあね、と切嗣が肩を竦める。共に暮らすようになって一年以上が経てば、切嗣も大概の日本の常識は身に着けていた。たい焼きに始まり、コンビニエンスストアに新幹線にバレンタイン、その他諸々。どれも雁夜が教えてやった。
「父は死ぬ直前に、僕に魔術刻印を刻んだ。父の代ではなし得なかった研究の成果を出すのが、僕の使命だ」
「それを嫌だと思ったことはないのかよ。無理矢理押し付けられたんだろ? もっと、おまえのしたいこととか」
自身に照らし合わせて雁夜が問えば、切嗣は緩く首を横に振った。こういうところで、彼が魔術師なのだと雁夜は思い出す。物静かな言動と表情に忘れがちだが、やはり切嗣も研究を第一とする人間だと知る。
「父が死んで島を出た。ナタリア――知り合った女性に師事して、魔術の基礎を習った。でも、衛宮の魔術は厄介なものだから、迷惑をかけたくなくて彼女の元から離れた。そんなときだよ、臓硯様に拾われたのは」
経緯を語る切嗣の横顔を、雁夜は別のソファーから眺める。造形が特別整っているという印象はない。けれどもどこか放っておけない雰囲気がある。退廃的というか、憂いとでも言うのか。同性である雁夜には良く分からないけれど、女子ならばきっと抱き締め、支えたいとでも思うようになるかもしれない。ああ、くそ、こいつもてるだろうな。なんてことを雁夜は思った。
「臓硯様の目的を雁夜は知っているかい?」
「・・・何か、根源とかいうのの到達だろ? 魔術師は誰もがそれを求めてるっていう」
「うん。だけどそれはとてもじゃないが人の一生で成し遂げられるものじゃない。だから魔術師は己の研究を魔術刻印として、子供に伝える。そうやって何代にも亘ることで力を強めて、いつか根源へ辿り着こうとする」
「じゃあうちはもう無理だな。魔術回路なんてもう残ってないし、俺は間桐を継ぐつもりはない」
「・・・そうだね。だから臓硯様は僕を保護し、研究の援助をしてくれている。でもそれは純然たる厚意じゃないよ。いつか僕の研究が成功すれば、臓硯様はその恩恵を得る。そういう利害の一致があるんだ」
「当然だな」
あの臓硯が何の見返りもなく手を差し出すわけがない。父親の性質を思い、雁夜は忌々しげに吐き捨てる。息子ですら甚振る男だ。雁夜の幼少時からその外見は変わらず、化け物でしかない。外道というのはきっと臓硯のことを言うのだろう。表情を険しくする雁夜に、切嗣は特に反応を示さなかった。
切嗣の研究がどういうものか雁夜は知らない。彼の背負う魔術回路がどういったものか雁夜は知らない。知っていれば変わっただろうか。詮無いことを思うのは、それから半年後のことだった。
親子仲は普通で、お父さんを殺していない切嗣さんです。だからこそのケリィ寄り。
2014年2月28日(pixiv掲載2014年2月24日)