three seconds





一度認識してしまえば、打ち解けるのは早かった。雁夜にとって兄の鶴野との兄弟仲は悪いというわけではないけれど良くもなく、距離を置いていたため家の中で気軽に会話する相手はなかった。だからだろうか。二歳年上のはずなのにどこか常識を知らない切嗣は、雁夜にとって捨て置けない存在で、友達のように接するのは時間の問題だった。切嗣は学校に通っていなかった。今までも父親について各国を転々としていたらしく、通ったことは一度もないと言っていた。雁夜が中学に行っている間、切嗣は間桐家の一室で己の研究に勤しんでいる。その研究を見込んで臓硯に引き取られたのだと、切嗣は話してくれた。
「へぇ、雁夜はその幼馴染のアオイさん? のことが好きなんだ」
「すっ・・・! そ、そうだよ悪いかっ!」
「何で? 悪くないよ。いいじゃないか、年上の彼女」
「か・・・っ!」
今はまだ片想いでしかない存在を恋人のように言われ、雁夜は顔を真っ赤に染め上げる。切嗣は微笑ましいものを見るような眼差しで、相槌を打ちながら話を聞く。場所は主に雁夜の部屋だ。誰に聞かれるか分からないダイニングやリビングでなんて話せないし、切嗣の研究室には危険だからと入室を拒まれている。学校の授業のこと、所属しているサッカー部のこと、友達との笑い話など、雁夜はいくつも切嗣に話して聞かせた。切嗣は決して口数の多いタイプではなかったけれども聞き上手で、雁夜は毎晩のように身振り手振りを交えて話を綴った。そうして一ヶ月が経つ頃には学校の友達にも話したことのない、憧れの人である禅城葵についても打ち明けていた。
「そ、それよりおまえも何か喋れよ! 俺が葵さんのこと話したんだから、それくらい大事なことじゃないと許さねぇぞ!」
「えー・・・。僕にはそんな大事な秘密はないよ」
「何かあるだろ! 何でもいいから!」
「そうだね・・・」
自分ひとりだけ暴露させるのは許さない。そう捲し立てる雁夜に、切嗣は逡巡していたが、その眼差しを一度伏せると、ゆっくりと両手を膝の上で仰向けに開いた。
「――じゃあ、少しだけ」
静かな声音を切嗣が紡いだ瞬間、空気が変わったのが雁夜にも分かった。魔術回路がほとんど絶滅しかかっている間桐の、おそらく最後の継承者になるだろう僅かな才しかない雁夜にも分かるほどの鮮烈だった。けれども臓硯が使う様な、悍ましい感じはしない。むしろ清涼な空気さえ携えて、雁夜の部屋が塗り替えられていく。光景が、視界が変わる。学習机が、ベッドが、クローゼットが、目覚まし時計が、制服が、友達に借りた漫画が。すべてすべて青一色に染まり切る。
そうして創り上げられた空間は、美しい海の中だった。
「・・・これが僕の、固有結界だ」
揺蕩う煌めきに魅入っていた雁夜は、その声で引き戻されるように切嗣を見た。どう考えても自分たちがいるのは水中のはずなのに、呼吸はまったく苦しくない。衣服も濡れていないし、瞬きすることも出来る。
「すげぇ・・・」
思わず零れた雁夜の呟きに、切嗣は失笑する。
「大したものじゃない。これは衛宮家の本来の目的とは違う。偶然身に着けたものだから」
「それでも、すげぇよ」
「臓硯様には滅多に使うなって言われてるんだ。黙っててくれるかい?」
天地も左右もすべてが青い、まるで南国の海のようなコバルトブルーの空間が、ゆっくりと姿を消していく。そうして戻ってきたのは見慣れた雁夜の自室で、まざまざと見せつけられた魔術に、雁夜は感嘆の吐息を吐き出してしまった。そして、思う。間桐の魔術もこんな風に美しいものであったのなら、と。そうしたら雁夜だって、この血統を厭わずにいられたかもしれない。
その思いが顔に出てしまったのかもしれない。切嗣が雁夜を見つめ、ぽつりと漏らした。
「・・・君が思うほど、僕の力は美しいものではないよ」
その言葉の意味が雁夜には理解することが出来なかった。理解したのは、それからずいぶん後のことだった。





すごく、きれいな、あいつの、青。
2014年2月28日(pixiv掲載2014年2月24日)