[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。






two seconds





魔術師というだけで疎ましく思うようになった新たな同居人は、けれどどこか雁夜の知る「魔術師」らしくなかった。雁夜の知る魔術師は父親の臓硯を筆頭に、現在イギリスに留学している同じ歳の遠坂時臣やその家族など僅かでしかないけれど、彼らは皆一様に冷酷で、冷淡で、どんなに親しい間柄の相手であっても切り捨てる非道さを持っている。雁夜にはその思考が露ほどにも理解出来ない。魔術だとか魔術師だとか魔術回路だとか、そんなものがそんなにも凄いのか、偉いのか。雁夜には理解出来ない。むしろそんな言動を取る魔術師に、雁夜は軽蔑すら抱いている。
しかし切嗣は、そんな彼らとどこか違った。純粋と言えばいいのか、無垢と言えばいいのか雁夜には分からない。どこか諦観した風でもあるのに、放っておけない危うさが、あどけなさがあった。
「・・・これは何?」
食卓の席で切嗣が首を傾げたのは、まだ夕飯には早い時間のことだった。元がロシア出身の所為か、間桐家は臓硯が着物を纏っているにも関わらず家自体は完全な西洋風で、畳の部屋など存在しない。だから何かを食べるとなると、必ずダイニングで椅子に腰かけて、ということになる。この家において床に直に座るということは有り得なくて、雁夜はそれがずっと普通のことだと思っていたから、初めて友達の家に遊びに行ったときは大層驚いたものだ。けれど今では、自分の方が可笑しいのだと理解している。
鶴野は未だ高校から帰宅しておらず、臓硯は不必要に出歩くことなく、自室に籠っていることが多い。だから食卓の席には雁夜と切嗣のふたりしかいなくて、そうして並べられた皿と湯呑も二人分だった。掃除洗濯料理を担ってくれているお手伝いさんが、茶菓子として買ってきてくれたそれに手を伸ばし、雁夜は食いつく。
「何ってたい焼きだろ」
「・・・たいやき?」
「食べたことないのか?」
「初めて見た。これは魚かい?」
「魚じゃねぇよ。たい焼きは・・・菓子だよ」
ほら、と雁夜は齧り取った頭から顔を出している餡子を、切嗣に向かって示してやる。不思議そうな顔でそれを覗き込んだ切嗣は、やはり先程と同じように首を傾げた。
「それは豆?」
「まめ・・・。豆って言えば豆だけど。おまえ、餡子も知らないのか?」
「餡子・・・。ああ、それがそうなのか」
初めて見た、という切嗣に、雁夜は思わず呆れてしまった。一体今までどんな生活を送って来たのか知らないが、餡子を知らない日本人なんて日本人じゃないと雁夜は思う。少なくとも切嗣の外見は日本人に見えたし、操る言語も不自由のない日本語だ。だから当然日本出身だと考えていたのだが、違うのか。緑茶を啜る雁夜の前で、切嗣がたい焼きに齧り付いた。雁夜と同じように頭から、ぱくりと食いついて、もぐもぐと咀嚼して、飲み込む。
「・・・甘い。美味しいね」
そうして切嗣は笑った。それは満面の笑顔ではなかったけれども、雁夜の知る魔術師は決して見せることのない、感情の滲んだ笑みだった。





歩んできた経緯により、まだ若嗣よりもケリィ寄り。
2014年2月28日(pixiv掲載2014年2月24日)