革張りの椅子に腰掛け、綱吉は瞼を下ろしていた。それでも寝ているわけでないことは明らかで、彼の後ろでは双璧と名高い獄寺と山本がそれぞれに獲物を手にして立っている。彼らの指でボンゴレリングがきらりと光り、綱吉が睫毛を震わせれば、突如パソコンが点ってテレビ電話を映し出す。
『・・・・・・やぁ。聞こえているかね、ドン・ボンゴレ』
「ええ、EU連邦首相」
綱吉が座ったまま会釈すらせずに言葉を返しても、画面の中の年嵩の男は気を悪くする様子もない。ただ悪かった顔色に更に汗を浮かべて、すまない、とだけ声を絞り出す。
『エル・アラメイン戦線が突破された。我が軍はもはや壊滅したも等しい。・・・・・・君たちの力を、貸してもらいたい』
「いいでしょう。ですが、これから先の指揮権はすべて移譲していただきます。連邦政府には国民の保護を何よりも優先していただきたい」
『分かった。・・・尻拭いをさせてしまって、すまない』
「何言ってるんですか。俺たちは住民を愛していますから、彼らを守るのは当然ですよ」
ようやく綱吉が微笑を浮かべれば、男―――EU連邦首相は、ほっと肩を緩ませた。椅子から立ち上がり、襟元を正す。キャラメルに似た甘い色合いの髪が、部屋の中でふわりと舞った。世界の三分の一を占めていた相手を前に一歩も揺るがず、むしろ言い聞かすかのように綱吉は宣告する。
「それでは敵の殲滅に入ります。我らがマフィアが、必ずや這い蹲らせてみせましょう。傲慢なる略奪者―――神聖ブリタニア帝国を」
あどけなく微笑む姿は十代の少年のようで、けれど決してそのような生易しいものではないと男は知っている。だからこそ政府はすべてを任せたのだ。裏世界からEUのすべてを支えている、マフィアという犯罪組織に。



慣れ親しんだボンゴレの屋敷を、綱吉は早足で歩み続けていた。先導する獄寺が一枚の絵画の前で足を止め、描かれている女性の前に手をかざせば、すぐさま網膜パターンと声紋認証が始まる。合致して開かれた先は由緒ある屋敷とは裏腹に、この世界の最先端の科学を集めて作られたボンゴレの基地だ。かつん、と足音を立てて広間に出れば、そこにはすべての顔が揃っていた。綱吉はその中の一人、情報部のリーダーの名を呼んだ。
「ハル」
「はひっ、戦況を報告します! ブリタニア軍は現在、エル・アラメイン戦線を越えてヨーロッパ本土へと侵攻中です。ポルトガル・スペインはすでに落ち、今はフランス上空に母艦を確認できます」
「ナイトメアフレームの数は?」
「グロースターが1000、サザーランドが500、ウォードが300、他を含めて総勢2000機と予測されます」
「分かった、ありがとう」
先ほどの首相に向けたのとは違う笑顔で、綱吉は礼を言う。ここに集まっているのは、イタリアに拠点を持つすべてのマフィアだ。遠く離れた距離にある者はモニター越しだけれども、屈指の強さを誇るファミリーはほとんどが生身で相対している。彼らはゴッドファーザーであるドン・ボンゴレ10代目、沢田綱吉の下に集っていた。
「ヴェルデ、何機減らせる?」
「理論上、動きを止めるだけでいいなら全部。だけどサクラダイトに影響を与えられる範囲にも限りがあるから、ひとつの装置でせいぜい半径20キロってところかな」
「そっか。スパナ、入江君、モスカは現存何体?」
「ストゥラオ・モスカが、1000」
「ゴーラ・モスカは700です」
「モスカでナイトメアフレームは壊せる?」
「ウチの実験では第五世代までは余裕でいける。相手パイロットの腕にもよるけど」
「ナイト・オブ・ラウンズでは相手になりません。改良を進めますか?」
「そうだね、頼むよ。同時に増産も急いで」
了解の返事を受けて、ヴェルデを中心とした技術部が素早くキーボードを打ち始める。先ほどの威厳を保つためのような椅子とは違う、座り心地を重視した柔らかいソファーにぽんっと綱吉は腰を下ろした。はいツナ君、と京子が甘いカフェオレの入ったマグカップを差し出してくる。
「凪やマーモンたち幻術部隊は、ヴェルデと組んでナイトメアフレームを一箇所に誘い集めて。動けなくさせたら、後の破壊は通常兵器でも大丈夫だよな? とりあえずそんな感じで、ナイトメアは半分に減らそう。パイロットの命は出来る限り助けたいけど、それでみんなが傷を受けたりしたら元も子もないから、状況に応じて個人の判断に任せる」
「俺は全部殺すしー!」
「クフフ、僕もすべて壊しますよ?」
「はいはい、ベルも骸も好きにすればいいよ。母艦はフランス上空にあるけど挟み込んでくるのは確実だから、最も注意すべきは海かな。コロネロと了平さん、頼んでもいいですか?」
「行ってやるぜ、コラ」
「任せとけ! うおおおっ、極限燃えてきたぞ!」
「獄寺君と山本はここで、みんなの中継役になって。シャマルとフゥ太も屋敷で待機。それぞれの役目を果たして。チェルベッロは各地の情報提携。後は東西南北だけど・・・・・・」
一度言葉を切って、綱吉は円卓を描くようにして座している他の面々を見回す。そのひとりひとりと瞳をあわせてから、はっきりと命令を口にする。
「東はディーノさん、キャバッローネファミリー。西はロンシャン、トマゾファミリー。南はユニ、ミルフィオーレファミリー。北はXANXUS、ヴァリアー」
「分かった。任せろ、ツナ」
「沢田ちゃんが言うなら、仕方ないねー」
「頑張ります、ドン・ボンゴレ」
「・・・ちっ!」
「ありがとう。よろしくお願いします」
それぞれ了承を示したボスたちに、綱吉は頭を下げる。再び上げた顔は真剣だけれども、その瞳は柔らかさを帯びている。ファミリーに対して全幅の信頼を寄せるのが、このドン・ボンゴレ10代目という人間だった。だからこそ彼は万を超えるマフィアの頂点に座している。
「日本は雲雀さん、頼んでもいいですか?」
「誰に物を言ってるのさ。・・・ま、いいけどね。僕は僕のものを取り返すだけだ」
「ありがとうございます。中華連邦はチャイナマフィアに押さえさせました。ブリタニアにはもう、他国の地は踏ませない」
声に硬い意志が含められ、場の空気が静かに張り詰め始める。マグカップをテーブルに置く音がやけに響いて、綱吉が眼差しを僅かに伏せる。
「戦場での指揮はリボーン、おまえに任せる。相手はおそらく『黒の皇子』だ。彼は戦場でこそその手腕を発揮する」
「了解だ、ドン・ボンゴレ。泣かしてやるぞ」
「白蘭は俺と一緒に来て欲しい。『白の皇子』から会談の申し込みが来ているから」
「いいよ。政治で俺とつーくんに敵う輩がいるわけないだろうけどね」
「・・・・・・みんな、決して慢心はしないように。戦場に立つ以上仕方のないことかもしれないけれど、殺し殺される覚悟よりも、生き延びる覚悟を持ってほしい」
はぁ、と綱吉は溜息を吐き出した。二十歳を越えても幼いとされる横顔は、これからの戦争を前にして怯えているというよりも気疲れしているといった方が良いのかもしれない。それでも顎をあげ、彼は優しさや憂いを消し去り、ゴッドファーザーらしく言葉を続ける。
「ブリタニアは蹂躙しすぎた。日本だけでなく、今やイタリアにまでその手を伸ばそうとしている。暴力を掲げる俺たちが言えたことではないかもしれないけれど、それでもブリタニアはやり過ぎだ。私利私欲による行為には、その身を持って償ってもらわなくちゃならない。俺は、世界なんてほしくない。だけどファミリーを奪われるくらいなら、世界の頂点にだって立ってやる」
綱吉が立ち上がる。獄寺と山本が、守護者たちが、ヴァリアーが立ち上がる。アルコバレーノも他のドンも、すべてのファミリーが一様にして立ち上がる。指輪の光る手を胸に添え、綱吉は毅然とその態度を決めた。幼さを残した声が、戦いの始まりを告げる。
「家族には愛を、ブリタニアには死を。―――行こう」
世界を裏から操り動かす最強の組織が今、表舞台に姿を現そうとしていた。





Outbreak side LIGHT





(戦いは嫌いだけど、それでも必要性は理解しているから。だから俺は、守るために拳を握るよ。)
2008年8月30日