戦艦とは思えないほどに、アヴァロンの中は静かで心地よい。180度以上の視界を保つブリッジで、黒の皇子ことルルーシュは柔らかい椅子に腰掛け、瞼を下ろしていた。それでも寝ているわけでないことは明らかで、彼の隣の席では白の皇子と呼ばれているシュナイゼルが、朗らかな笑みを浮かべて進む先の光景を見ている。突如耳障りなアラートが鳴り、ルルーシュが睫毛を震わせれば、モニターに向かっているオペレーターが敵の出現を告げ始める。
「来ました! ゴーラ・モスカ、ならびにストゥラオ・モスカです!」
「・・・・・・何体だ?」
「ゴーラが150、ストゥラオが50です!」
手すりに肘を立てて、ルルーシュは手の甲に顎を載せて思考の態勢を取る。次の命令を待っているクルーたちは、けれども彼を急かそうとはしない。くく、と小さな声だけが指令の前に漏らされた。
「陽動だな。アヴァロンを狙うというよりも、アヴァロンに乗っているナイトメアを誘き出すのが優先といったところか。敵の思惑に乗るのは性に合わないが、主砲を発射するにはエネルギーが惜しい」
「ルルーシュ、グランストンナイツを貸そうか?」
「ありがとうございます、シュナイゼル兄上。それとヴァルキリーも出しますか。彼らなら200のモスカを相手にしても、どうにか全機壊すことが出来るでしょう。時間はかかるだろうが、まぁ仕方がない」
向けられた紫玉の瞳に、オペレーターが息を呑むようにして命令を艦内に伝える。すぐさまナイトメアフレームが発進し、向かい来る軍勢へと突っ込んでいく。遠くでいくつかの爆発が生じ、おやおや、とシュナイゼルが笑みを漏らした。すでに先行していた部隊から、回線を繋げてモニターが映し出される。
『こちらジノ! 前方にリング所持者と思われる人物を発見!』
「映像を送れ。対象の手を拡大しろ」
「はっ!」
キーボードをいくつも走る音がして、いささか劣化した画像が映し出される。黒い衣装に銀色の長い髪、片手に持っている剣のような武器を握り締める指には、三つのリングが嵌められている。一薙ぎで五体のナイトメアフレームを破壊する様に、ほう、とルルーシュは唇を歪めた。
「スペルピ・スクアーロか。ヴァリアーの一員。リングは精製度Aが一つにBが二つ」
『どうします、ルルーシュ殿下? やっちゃっていいですかね』
「好きにしろ。ただし、負けることは許さない」
『了解!』
楽しげな声を上げて、ジノのモニターが消える。存在位置を示す点が移動を早め、敵のいる位置までどんどんと加速していく。相対する両者の姿が目に浮かぶようで、ルルーシュは小さく肩を竦めた。
『・・・・・・こちら、アーニャ・アールストレイム。クローム・髑髏を発見』
「そちらは破壊よりも捕縛を優先しろ。奴らの幻術には、正直これといった手立てがないからな。捕まえてばらせば何かが分かるかもしれない」
『了解』
『ルルーシュ、こちらカレン! 隊員が全部違う方向に向かってるんだけど! 通信も繋がらないし、力ずくでも止められない! どうすればいい!?』
「言ってる傍からこれだ。カレン、おそらくおまえの近くに幻術部隊がいる。それが六道骸でないことを祈っておけ」
『冗談! 相手が誰であろうとぶん殴ってやるわよ!』
頼もしい、とシュナイゼルが笑う。息巻くカレンに部下はとりあえず放っておき、熱源を頼りに幻術部隊を見つけて潰すよう指示を出し、ルルーシュは次の戦場をクローズアップさせる。固体カラーリングされているヴィンセントが小さな人影と向かい合っており、スラッシュハーケンが大地に突き刺さったところだった。
「落ち着け、ロロ」
『兄さん!』
「相手はCEDEFのバジルだな? 小回りの利く相手だ。フェイントを混ぜて揺さぶり、持久戦に持ち込んで体力を削れ」
『うん、分かった!』
次々と入ってくる通信を適確に裁き、いくつもの命令を与えて、ルルーシュは戦場を対等なものへと変えていく。随所でリング所持者の姿が確認され始め、彼らは生身で戦場に立っていた。漆黒のスーツを身にまとっているものが多く、シュナイゼルが感心と関心を併せて緩やかに小首を傾げる。
「凄いね。噂には聞いていたけれど、彼らは本当に生身でナイトメアフレームと相対している」
「EUを裏から支配する、最強の集団。その軍事力はブリタニアにすら匹敵し、拳ひとつでナイトメアを破壊してみせる。忌まわしいだけですよ、マフィアなど」
「死ぬ気の炎、だったかな? サクラダイトとはまた違ったエネルギーのようだね。それが人間の体内から発されている。にわかには信じ難いよ」
「あれは科学ではなくファンタジーです。そして奴らは人間である限り、必ずや心身の限界が訪れる。そこまで持ち込めば我々の勝ちですよ」
ラボを、と告げれば、今度はアヴァロン内の一室が映し出された。キセルを吹かしているラクシャータが気づいて振り返り、長い髪をかき上げる。
『はぁい、皇子様』
「ノン・トゥリニセッテは?」
『もちろん、いつでもオッケー。ただし半径20キロに限られちゃうけど』
「十分だ。散布を開始しろ」
『うふふ、スタァト!』
画面の中で、ラクシャータが機器のボタンを押す。アヴァロンから特殊な磁場が放たれ始め、満足そうにルルーシュが足を組んだ。
「これでアルコバレーノは使い物になりません。おそらく、戦場のでの指揮を執っているのは『黒の死神』。奴の命も時間の問題ですね」
「まだ若いのに気の毒なことだよ」
「ブリタニアに戦争を仕掛けた時点で、寿命はすでに決まっていました」
またしてもアラートが鳴り、通信が入る。今度はEUから遠い地にいるスザクからで、彼は張り詰めた瞳で現状を告げてくる。
『こちら、枢木スザク。エリア11にてイレブンによる暴動が発生。各地の租界で同時に爆発が起きてる』
「死傷者は?」
『今のところ50人に満たない。それぞれ人の少ない場所を狙っているみたいだし、病院や学校は避けてるよ』
「なるほど。じゃあマフィアの仕業だな。喜べ、スザク。おそらく雲雀恭弥が出てくるぞ。思う存分相手をしてやれ」
『・・・・・・ランスロットを降りて、生身じゃ駄目?』
「軍人としての任務を優先しろ。と言いたいところだが、日本刀VSトンファーの戦いも面白そうだ。10分で片をつけろ」
『ありがとう、ルルーシュ』
「通信を繋げておくのを忘れるなよ」
ひらりと手を振って回線を閉じる。その後も海から回り込んでいるコーネリアと状況を確認しあい、後方で占領した地の住民たちに物資を支給しているユーフェミアやナナリーからもどんな様子か話を聞く。ブリタニア首都にいるクロヴィスに他の兄弟姉妹の動きを見張らせ、特別訝しいものがないのを判断してから、ルルーシュは再び眼前の戦場へと意識を戻す。彼の隣、シュナイゼルが立ち上がってマントを翻した。
「それではルルーシュ、行ってくるよ」
「政治は任せますよ、兄上。ゴッドファーザーなど蹴散らしてやってください」
「さて、どうかな。彼は幼い外見と裏腹に老獪だし、慈愛から来る無常を知っているからね。私とて気を引き締めていかなくては」
「ご冗談を」
ふふ、と互いに余裕の表情で笑いあい、シュナイゼルはついでというように問いかける。
「そういえばフレイヤは何個、精製に成功していたかな?」
「三つです。どうか有効にご利用ください」
「ありがとう。ゴッドファーザーが死ぬ気の炎でフレイヤを包み込むような人でなければいいのだけれど」
冗談に笑いを漏らし、ルルーシュは前を向き、シュナイゼルは踵を返す。これから第三国で行われる会談のため、シュナイゼルはアヴァロンから出向いていくのだ。残された戦力を巧みに操り、ルルーシュは鮮やかに笑みを浮かべる。涼やかな声が、戦いの炎を煽る。
「神には勝利を、マフィアには死を。―――行け」
世界を表から操り動かす最強の国家が今、すべてを蹂躙しようとしていた。
Outbreak side DARK
(戦いの無意味さを知っているさ。けれど決して立ち止まれないことも。だから俺たちは戦場に立ち、勝利だけを手にし続ける。)
2008年9月3日