来年もよろしく!





『ミツル、今から行っても平気? すぐにお暇するから。』
ワタルからそんなメールが届いたのは、昼食の片付けをちょうど終えた頃だった。叔母さんの作ってくれた和風スパゲッティをアヤと三人で食べて、後片付けはミツルの役目。アヤも拭いた皿を片付けてくれて、成長してるんだな、とまるで父親みたいなことを考えていた時に携帯電話が鳴ったのだ。ぴこぴこと間の抜けた音を立てながらメールを作成し、オーケーの旨の返事を返す。「お暇」なんて言葉は、昨今の中学生は使わないだろうなんてことを考えながら。ワタルがやって来たのはそれから二十分後のことだった。
「ごめんね、突然」
「別に、特に用も無かったし。上がれよ」
「いや、いいよここで。渡したらすぐに帰るし」
寒い中を自転車で来たのだろう。マフラーをしていてもワタルの頬は真っ赤に染まっていて、ビニール袋を差し出してくる指先は手袋に覆われている。袋には近くのスーパーのロゴが刻まれていたが、中身はワタルの家で使われているタッパーだった。取り出してみれば、中身は黄色い。ところどころにゴロリとした塊が入っていて、正月によく見かける一品だった。
「くりきんとんなんだ。お正月にはまだ早いんだけど、作りすぎたからお裾分け。よかったらアヤちゃんと叔母さんと食べて」
「わざわざ作ったのか?」
感心してミツルは思わず問いかけてしまった。芦川家では正月のおせちは一切作らず、スーパーに注文している。しかし目の前のワタルは、どうやら手作りをするらしい。このくりきんとんも一見した限りでは焦げてもいないし滑らかだ。案の定ワタルは「うん」と頷いて、照れくさそうに頬を掻く。
「うちは僕とお母さんしかいないから。量もそんなにいらないし、食べたいおかずだけ作ることにしたんだ」
「それでくりきんとんか。助かるよ。去年はこれだけがすぐに無くなって、元旦にわざわざスーパーまで買いに行ったから」
「そうなんだ? よかった」
「他には何を作ったんだ?」
「うーん、さすがに田作りと数の子は買ったよ。あと蒲鉾も。黒豆と煮しめはもう作ったし、紅白なますと伊達巻は31日に作る予定」
「昆布巻きは作らないのか?」
「うん。お母さんがあんまり好きじゃないから」
じゃあね、と出て行くワタルを、ミツルもサンダルを引っ掛けてエレベーターまで見送る。一階から上がってくるまで時間がかかり、ミツルが息を濁らせると、ワタルが「戻ってくれていいのに」と言って笑った。やってきたエレベーターにワタルが乗り込む。じゃあね、と振られた手にミツルも笑った。
「元旦の午後、初詣に行かないか?」
「いいよ。アヤちゃんも一緒?」
「ああ。叔母さんも着いてくるだろうけど。二人ともワタルのことが大好きだからな」
「あはは。楽しみにしてるね」
「またメールする」
バイバイ、と手を振って見送り、トレーナーでは堪えきれない寒さに腕をさすって部屋に戻る。タッパーを開けて特製くりきんとんの味見をすれば、やっぱり見た目通りの美味しさだった。甘すぎなくてミツル好みで、二口目の味見をしているとまた携帯電話がメールの着信を知らせる。開いてみればワタルからだった。
『よいお年を! 来年もよろしくね。』
「・・・・・・バカ、まだ早いだろ」
苦笑しながら、ぴこぴことキーを押して返信を作成する。正月までにくりきんとんが無くなりそうだからまた作って欲しい。そう送ったら、果たしてどんな返事が返ってくるだろうか。きっとワタルのことだから、笑いながら「いいよ」と言うのだろうけど。ミツルがそんな想像をしながら本格的にくりきんとんを食べ始めていると、三度目のメール着信音が鳴った。初詣の待ち合わせとくりきんとんを一緒に作る約束をする頃には、すでにタッパーは空となり、綺麗に洗って拭かれた後だった。





ワタルは雑煮も普通に作ります。ミツルは作れるけど食べるだけ。
2008年12月29日