8.あの日見つけた人生の答え
「・・・小十郎」
苦慮されているな、とは思っていたが、それがようやく言葉として発せられる。告げられる内容は予想が出来ていたし、いつ来るかとすら考えていた。出逢いを振り返れば早かったようで、そしてふたりの距離を鑑みれば遅すぎたような気もする。障子越し、太陽の光が部屋に柔らかな明かりを作り出している。近くに人はいない。いるのは小十郎と、そして政宗だけだった。主は家臣に問うた。
「奥州筆頭として訊く。シェリルを俺の正妻に迎えることは可能か?」
「無論にございます。お申し付けくだされば、すぐさま祝言の準備に取り掛かります」
「・・・随分簡単に言うじゃねぇか」
「お言葉ですが、政宗様。この小十郎からしますれば、もっと早くに問われるかと思っておりました故」
「側室じゃねぇ。正妻だ。それでもか?」
「何を恐れておられるのですか。政宗様ともあろう御方が」
うっすらと笑みを浮かべれば、政宗は唇をへの字に結んで顔を背ける。主にも自覚はあったのだろう。シェリルを傍に、誰よりも近くに置きたいと、心が渇望していることに気づいていたはずだ。政宗もシェリルもまだ青年であり、想いに情動が伴うのも当然の話。彼女を見つめる政宗の瞳に、時折熱い炎が浮かんでいることに気づかなかった小十郎ではない。そうしてまたシェリルも彼に触れる際、頬を染めて酷く艶やかに笑っていた。一線を越えることに躊躇している理由は、互いの立場の違いだろう。シェリルはこの戦国乱世ではなく、遠いどこかの未来からやってきた存在だ。そのことは彼女自身にはどうしようもないので置いておくとして、政宗は違う。彼は奥州筆頭という立場にあり、しかるべき家から妻を貰い、時には何人もの側室を侍らせ、跡継ぎを作ることを義務と課せられている。だが、政宗はシェリルを求めてしまった。確固とした足場のない、いつ消えてしまうかも分からない彼女を、傍に置きたいと願ってしまった。
「無礼を承知で申し上げます。シェリルを正妻に据えるならば、機会は今しかないかと」
ひとりの男として婚姻を考えているのなら、政宗は小十郎になど相談せずにシェリルと直接話をするはずだ。だが、「奥州筆頭として」問うて来た以上、政宗が望んでいるのは政治の話。シェリルを正妻に娶ることで生じる、利益と不利益の話をしたいのだと判断したからこそ、小十郎は率直に腹を割って答える。
「『竜の歌姫』として、シェリルの能力が民にも戦にも有効なのは、今や奥州だけでなく他国にも知られている事実です。政宗様がシェリルを妻に迎えることは、それすなわち素晴らしき歌姫が半永続的に奥州にいると誓うことと同義。民衆にも兵士にも望まれこそすれ、厭う輩はおりません」
「頭の固い長老どもはどうする? 俺に娘を押し付けようとしてやがる他家も黙っちゃいないだろ?」
「確かにシェリルは未来から来た者故に、こちらでの地盤がありません。ですが家柄など、相応の家に養女に出してから娶ればさほどの問題はありますまい。姻戚で結ばれる他家との絆と、『竜の歌姫』。今求められているのがどちらかなど比べるまでもないことです。姫君はいくらでもおりますが、シェリルはひとりしかおりませんから」
「That's right. 言うじゃねぇか、小十郎」
「ですが政宗様が天下を取られた後となれば、話は異なってまいります。争う相手がいなくなれば、シェリルは戦場という舞台を失い、ならば側室でいいだろうと言い出す輩も必ず出てくるかと。正室にはそれなりの家の娘を、側室にシェリルを、と」
「Knackers! 俺はあいつ以外の女はいらない」
「ならばシェリルの価値が最も高い今、正室に娶ってしまうのが得策です。『竜の歌姫』を他国にやらないためと言えば、長老たちも少なからず納得するでしょう。それでも側室で言われたのなら、神から与えられた娘を端に据えるなど道理に反するとでも言ってしまえば良いのです。後は子が出来れば、もう文句を言う輩もおりますまい」
しれっとした顔で小十郎は告げたが、政宗は逆に複雑そうな表情を浮かべる。否定されなかったことに喜びを覚える一方で、小十郎がここまでシェリルを推す理由が分からないのだろう。確かに最初の頃は、小十郎もシェリルを警戒していた。どこの国の間者かと疑い、常に厳しい眼差しで見ていた。それでも時と共に理解したのだ。震える拳を握り締めて戦場に立ち、歌う姿に偽りがあったとは思えない。民に話しかけて、兵士に話しかけられて、屈託なく浮かべられる笑みが偽りだとしたら、それは悪魔だ。何よりシェリルは、綺麗な手足を泥に塗れさせて、小十郎の畑を手伝うことを志願した。姫君のような美しさを持ちながらも、それに甘んじない姿勢に感銘を受けたのは何も政宗だけではない。
「畑は嘘をつきません。シェリルの育てた野菜は、とても立派な実をつけました」
「・・・・・・」
「あれは政宗様と寄り添い、支え合い、奥州を守る良き妻となることでしょう」
「・・・小十郎」
「はい」
「Thanks. 腹が据わった。行ってくる」
「余計な心配かとは思いますが、吉報をお待ちしております」
「どうだか。あいつは一筋縄で行くような女じゃねぇからな」
軽口で答え、ようやく笑って政宗が立ち上がる。難題がいくつあろうとも、政宗が心底望むのならそれが正しい道だ。無理して心を押し込めて別の道を選んだとしても、いつかその綻びは現れる。それに政宗は愛を欲しながらも、どこかそれを憎んでさえいた。幼き日に母の仕打ちで刻まれた傷を癒す相手としてシェリルを選んだのなら、もう反対することなど小十郎には出来ない。それらを抜きにしても、シェリルは良い娘だ。強く逞しく、弱さを内包しながら尚立つことの出来る気概は、そこらの名立たる武将と肩を張るだろう。この数ヶ月、ふたりをずっと見てきた小十郎が言うのだ。政宗とシェリルは、良い夫婦になることが出来る。それは決して間違いなどではない。
「Hey、小十郎」
障子を開き、主が振り返る。太陽を背負った姿は眩しく、それはすでに男の顔だった。いつの間にこんなにも立派になられたのか。感動が小十郎の胸を衝く。
「おまえが家臣で良かった。これからも世話になるだろうが、よろしく頼むぜ?」
「っ・・・恐れ多きお言葉にございます。この片倉小十郎、命尽きるまで政宗様のお傍に」
畳に額を擦り付けて、小十郎は政宗を見送った。今このときから、主と共にその妻をも守ろう。御ふたりの幸福を守るのが自分の役目だと、小十郎は心に刻んだ。爽やかな風が、奥州に新たな道を指し示す。
筆頭は自分の立場をちゃんと理解しているっぽいところが、どこか跡部様(テニプリ)と似てると思う。
2011年2月12日