7.青に恋する





竜の歌姫、シェリル・ノーム。神が伊達政宗のために授けたという勝利の歌姫。淡い桃色の髪に吸い込まれるような青の瞳。どんな姫君だって敵わないだろう美しさを持ちながらも、大股で闊歩し声を張ることを厭わない。城から漏れてくる歌声に、城下の民はいつだって聞き惚れた。彼女の歌は人々の心を潤す。震える足を支えてくれる歌声に、戦場の兵士はいつだって感謝を捧げた。彼女の歌は人々の心を励ます。いつしか「竜の歌姫」は「竜の右目」と共に、「奥州筆頭」の傍らに侍る双璧となっていた。深窓の姫君以上に物を知らない彼女だったが、その性格は姫君とは異なり容易く周囲の者に声をかけ、何かあれば必ず感謝を告げる。慕われるのは時間の問題だった。シェリル・ノームの存在は、奥州に更なる光を齎した。
「・・・歌が」
いつだって奏でられていたが途切れたことに気づき、我に返る。槍を握る手をそのままに背後の崖を仰いだ男は、そこにいるはずの歌姫の姿を探した。他の兵士たちも鼓舞し、庇護してくれる歌声が止んでいることに気づいたのだろう。敵兵を地に伏せて、ちらほらと崖を見上げる数が増える。凛と立ち、両腕を広げて受け入れるかのように歌う姿がない。代わりにあったのは、追い詰められて向けられている背だ。青い着物の向こうに、奥州の物ではない家紋を刻んだ幟がはためいている。ざっと血の気が下がった。歌姫の足がまた一歩下がる。もう数歩も後ずさってしまえば、そこに大地はない。忍びが応戦しているようだったが劣勢なのは明らかで、シェリル様、と兵士たちは悲鳴を挙げた。失われてしまう。傷つけられてしまう、我らの歌姫が。敵に背を向けて駆け出そうとした兵士がいた。うしろから斬られようとも構わない。今まで散々救われてきた身としてこれくらいの恩は、と幾人かが崖に向かって走り出そうとしたときだった。
「飛び降りろ!」
戦場を割るかのように、響いたのは政宗の声だった。総大将の声に兵士たちは反射的に足を止める。飛び降りろ、と政宗は言った。声が届いたのか、崖の上でシェリルが振り返る。彼女の身の安全を思って高い崖を選んだが、今回はそれが仇となった。飛び降りたとして、無事でいられるはずがない。ましてやシェリルは女で、歌姫で、武人ではないのだ。だが、政宗の声は響き渡る。
「必ず受け止める! 俺を信じろ、シェリル!」
それからの光景は、戦場にあってまるで絵巻物のようだった。政宗の言葉を受けて、シェリルが大地を蹴るまでほんの数秒もかからなかった。青い着物が、淡い桃の色の髪が空を舞って、そのまま地面へと落ちてくる。あたかも女神が降臨する瞬間のように、兵士たちの目には映った。腕が伸ばされる。求める指先が互いに触れ合ったのかは分からなかった。爆風と土煙が起こって、誰しもが固唾を飲んで行く末を見守る。もちろん我らが筆頭が言った言葉を成し遂げないわけがないとは信じているけれども、兵士たちにとっては政宗もシェリルもどちらも大切な存在なのだ。戦場は広く、遠すぎて見えない。それでも広がったのは、高く溌剌とした声音だった。
「Gentlemen & Gentlemen! 伊達軍のみんなーっ!」
シェリルの無事に、そこかしこで雄叫びが挙がる。BASARA技なのか、シェリルの声はどんなに距離が離れていようとも必ず届く。笑い立ち上がる歌姫の姿が、奥州の兵士たちには容易く想像出来た。
「このあたしをここまで引っ張り出したんだから、負けたりなんかしたら許さないわよ! いいわね!?」
「Yes! てめぇら、情けない面を『竜の歌姫』に見せる気か!? 半端はいらねぇ、俺についてきな!」
土煙が収まって現れた光景は、奥州に生きる者たちにとって壮観としか言えなかった。大地に立つ、「奥州筆頭」伊達政宗の姿。青の装束を翻し、三日月の兜がぎらりと輝く。隻眼は強くふてぶてしく場を見通し、その手が握るのは六本の刀。そうして、そんな政宗と背中合わせに立つ「竜の歌姫」シェリル・ノーム。青い着物の裾が乱れるのも構わず、確かにその足で立っている。戦にも恐怖を見せない瞳は透き通り、その声が紡ぐのは最高の歌。テンポが速く、明るくテンションを上げる。政宗が挑発的に笑い声をあげ、シェリルが呼応するように高らかに歌う。一瞬だけ視線を交差したふたりは、奥州の兵士にとって圧巻だった。武器を握る手に力が戻る。Are you ready!? 筆頭の声に喝采を上げ、誰もが駆け出す。
戦は当然ながら奥州の勝利だった。敵のいなくなった戦場で、今度は傷ついた者たちのために静かな歌を綴り始めるシェリルと、ご苦労だったな、とひとりひとりに声をかける政宗。輝く姿は神のようだった。このひとについていこう。誓う兵士たちは、夢見心地ですらあった。





シェリルが歌うと伴奏も当然のように流れますが、それはBASARA技ではなく彼女の持つマイクの機能です。シェリルはフィールド波が働くわけであって、BASARA者ではない。
2011年2月12日