5.闘いの歌





「お下がりください、シェリル様」
一瞬で降りてきたふたつの影が、どこから来たのかシェリルには分からない。それでも様付で呼ぶことから、彼らは政宗の配下なのだろう。そういえば忍びをつけると、以前に言っていた気がする。シェリルは自分が「竜の歌姫」と呼ばれ始めていることを知っていたし、自分の歌がこの世界の人間に対し有効で、そして戦いにおいても威力を発揮すると分かっていたから、政宗の言葉を受け入れた。もともとトップシンガーとして、周囲に人を置かれることには慣れている。入浴や着替えさえ見られていることは些か不快だったけれども、それも互いに役目なのだと割り切れば詮無いことだ。特に忍びとやらは感情を一切排除しているのか、シェリルに自身が近くにいるという気配を察知させることがなかった。職務に徹する精神を好意的に感じ、ならば、とこちらも存在を忘れて振る舞うことしばし。彼らがシェリルの前に現れた。それは政宗に紹介されて以来初めてのことで、そしてそれだけの事態が起きているのだということでもある。
場所は、政宗の牙城だ。シェリルは城内を自由気ままに闊歩することを許されていたし、そうすることを誰もが望んでいた。美しき歌姫は奥州ですでに広く慕われていたし、容姿や能力に構わず気さくに振る舞う彼女を、城に勤める者は最初は驚いていたものの今となっては敬慕の眼差しで持って見つめている。その日も、空いている道場で歌とダンスの練習をした帰りだった。汗を手拭いで押さえて、時折擦れ違う女中や兵士に声をかけ、部屋に戻ろうとシェリルはしていた。その、周囲に人がいなくなった一瞬の間を縫って男は現れたのだ。黒尽くめの政宗の忍びではない。派手なオレンジ色に迷彩柄の服。造作は整っているけれども、一瞬でシェリルは判断した。この男は政宗の側ではない。影がふたりを遮るように降り立ち、シェリルを背に庇ったところからしてもそれは明らかだった。
「竜の歌姫。まさかとは思ったけど、これほどまでの能力とはね。さっきの歌、聞かせてもらったよ。凄い歌声だった」
怪我人を治せるBASARA技なんて、俺様も初めて見たよ。にこ、と男は笑うけれども瞳は雄弁だ。そこに浮かぶ警戒の色は残虐性を帯びており、どうシェリルを処理しようか考えているのが如実に窺える。お下がりください、と告げる忍びに従い、シェリルは一歩下がった。そのことに対して男が瞬き、そして今度は質の異なる笑顔を浮かべる。
「ねえ歌姫様、武田に来ない? 大将だったら竜の旦那にも負けない良い暮らしをさせてあげるよ」
「・・・お生憎様。部下に女を口説かせるなんて、そんな男は好みじゃないの」
「辛辣だなぁ。でもまぁ、今回は様子見程度だし? これにて失礼」
「逃がすと思ってるの?」
背に庇われて言う台詞ではない。分かってはいるが、こうして振る舞うことが「竜の歌姫」として相応しいのだとシェリルは知っている。脅えて守られるだけの存在は、この戦国の世において足手まといになるだけだ。加えて、そんな女は政宗の隣に相応しくない。男の目が余裕を持って眇められる。対してシェリルは、ステージで舞うかのごとく微笑んでみせた。
「ここは奥州筆頭、伊達政宗の城よ。敵をやすやすと逃がしてあげるわけないでしょ?」
シェリルの言葉を受けて、影ふたりが僅かに身を屈めて態勢を整える。いつでも男に仕掛けられる状態だ。
「言うね。でも俺様だって、竜の旦那に負けるつもりはないんだけど?」
「あなたと政宗じゃ格が違うわ。そんな嘘くさい笑顔でファンを騙す気?」
「女は従順な方が可愛がってもらえるんじゃない?」
「人間に差はないわよ。あるのは誇りとプライドでしょ? トップシンガーがどういうものか教えてあげるわ」
この時代、カタカナによる横文字は通用しない。だからこそ意図して並び立てた言葉を理解できなかったのだろう。男の目が不理解を浮かべた一瞬を逃さず、シェリルは腹から息を吸い込んだ。男がはっと悟って仕掛けてくるけれども遅い。ふたりの影が迎え撃った瞬間、城中を、奥州を、空を、地を割って響き渡る。
「あたしの歌を聞けええぇっ!」
途端に流れ出すのは「Welcome To My FanClub's Night!」だ。前奏は省略して、いきなり最高のテンションで歌い始める。シェリルの歌はBASARA者に対して強く影響する。オレンジ色の髪の男もどうやらその類だったらしく、ぐらりと身体が傾いた。政宗と小十郎の駆けつけてくる気配もある。馴染んできたとはいえ、この世界をまだまだ知らないシェリルにとって、眼前のものだけがすべてだ。そうして学び、選び取っていく中で信じるべきは己しかない。そんな己の直感が告げているのだ。伊達政宗という男を信じろ、と。
力の限りシェリルは歌い、踊る。六爪を構えた政宗が雷を携えて現れる。近くにいろと、心が言うのだ。





さっちゃんは無事(?)に逃亡しました。親方様にほーこくほーこく。
2011年2月11日