3.ヒーローになりたかった少年少女
「政宗! 政宗の服をくれない?」
「Ah?」
執務室に駆け込んできて、開口一番城主の名を呼び捨てにする。それが許されているのは、シェリルが奥州の「歌姫」だからだ。かつて銀河にいた頃、バジュラを相手に威力を発揮していたシェリルの歌は、何百年、もしかしたら何千年も前かもしれないこの地球においては、人間に対して効果を生んだ。彼女の歌は人々の傷や病を癒し、心を潤す。その一方で戦に向かう兵士を鼓舞し、力を最大限に引き出し庇護する。特にBASARA者と呼ばれる一部の強者に対して、シェリルの歌は酷く有効に働いた。彼女の歌を背景に挑んだ戦場で、政宗と小十郎はかつてないほどの自由を得た。身体がこれほどまでに思い通りに動くとは。感嘆した政宗は、未来人を名乗るシェリルに対し契約を申し出た。それは衣食住と身の安全を保障する代わりに、奥州のために歌えというものだった。この世界がどんなものか知らない、分からないシェリルにとって、その契約を結ぶことが真っ当なことなのかどうかは見当もつかない。しかし彼女は頷いた。今までの経験から、人を見る目はそれなりに養っている。そのシェリルからして、伊達政宗という男は少なからず信用に足ると判断したのだ。
そうしてシェリルは政宗の牙城で寝起きし、安定した毎日を手に入れている。最初は主の名を呼び捨てにされ、ましてや対等な口利きをするシェリルに対し小十郎は良い顔をしなかったが、彼女の歌を他国に奪われることを危惧してか今は強く言わない。何より、当の政宗が許し、受け入れていたからだ。
「俺の服なんかどうする気だ?」
執務の手を休め、筆を置いて政宗はシェリルを見やる。墨なんて初めて見た、といつだったか彼女はまじまじと黒い液体を見つめて言っていた。余りに物を知らない彼女は振る舞いからすれば確かに未来人で、そして女神と告げられても信じてしまえるほどの美を持っている。それが生まれつきのものなのだと告げられ、流石に政宗も驚いたものだ。
「もちろん着るのよ? だってこれ、動きにくいんだもの」
「よく似合ってるぜ。着物のどこが悪いんだ?」
「だから動きにくいのよ。これじゃ腹筋も出来ないし、帯で締めつけられて腹式呼吸もままならないわ」
「腹筋? Why? そんなことする必要ねぇだろ」
「もしかして政宗、あなた、あたしが何もせずにこの声を維持してるとでも思ってるの?」
心外だとでも言わんばかりに、シェリルの鈴のような声が僅かに低くなる。違うのか、と聞いたものなら間違いなく「違うわよ!」と怒鳴られるだろう。それでも、馬鹿にしないで、とシェリルは艶やかな自身の髪を払って政宗を正面から見据えてくる。
「歌うために、あたしはずっと努力してきたわ。発声練習は毎朝欠かさないし、ステージで何時間でも歌い続けるために体力作りも欠かさないの。外見だってそうよ。あたしは確かに整形手術もインプラントもしていないけど、だからって生まれたときからこんなに綺麗だったわけじゃない。このスタイルになるために、このスタイルを維持するために、どれだけ気を使ってるか男のあなたには分からないでしょ? シェリル・ノームは何もせずにこうなったんじゃないわ。努力して、今のこのあたしになったのよ」
天恵を当然だと思わない。努力したからこそ、今の己に限りない自信を持って胸を張ることが出来る。その気概には政宗も覚えがある。高慢なのは、それだけの裏打ちがあるからだ。努力してきた。だからこそ自分は最高なのだと宣言することが出来る。分を弁えぬ自信家だと言いたい奴は言えばいい。裏にある努力を公表しては意味がないのだ。知らず笑みを浮かべた政宗に、僅かに目を瞠ったのは控えていた小十郎だった。この時代の女には有り得ない自立した精神は、シェリルが確かな未来人である証しなのだろう。力強い眼差しに、Okay、と政宗は許可した。
「古いもんでいいならくれてやるよ。改造するなり何なり好きにしな」
「本当? ありがとう! ついでに道場を数時間貸してもらえると嬉しいんだけど。ダンスの練習したいし、ねぇ、駄目?」
「Danceねぇ・・・。それはaudienceはいなくていいのか?」
「レッスン中はいなくていいわ。というよりも、いない方がいいわね。ファンに見せるのは常に完璧なあたしでありたいもの」
「Idolのprideってやつか」
「上に立つ者の意地ってやつじゃない?」
分かるでしょ、とウィンクひとつで示されて、政宗はやはり瞳を細めて同意した。ありがと、と笑う角度でさえ練習の果てに得たものだとするのなら、それを自然に変えるまでどれだけシェリルは努力を重ねたのだろう。一挙一動、そのすべてが視線に晒されている。歌声ひとつで艦が沈む。言動ひとつで国が潰える。孤高は孤独と同義語だ。万人のためであれと言うのなら、「銀河の妖精」も「奥州筆頭」も変わりない。
政宗がシェリルを自身の近くへと置いたのは、窮地を凌いでもらった恩だけではない。その歌に価値を見出したからだけではない。同情、否、共感を覚えたからだ。誇り高い生き方に好感を抱いたから、彼は彼女を我が城へと置いている。
日常では普通の着物、戦場ではミニスカ着物になりました。
2011年2月12日