1.だって僕ら、必死に生きてる





その闇は、宇宙ではなかった。頬を打つ水滴が雨なのだと理解するのに時間がかかったのは、それが無臭ではなかったからだ。どこか生臭さがが鼻につく。太腿の裏から侵食してくるのは水だけではない。身じろぎすれば僅かに滑り、まさか、とシェリルはどこか遠くで驚愕する自分に気づいた。空を埋め尽くす厚い曇天。降り注ぐ矢のような雨。衣服を侵す大地は泥だ。背に感じる木の幹は硬い。そして、周囲を埋め尽くす血の臭い。マクロス・フロンティア船団にこれはない。ギャラクシー船団のスラムだって、これほどではない。夜の、数歩先さえ見えない濃い闇の中、何人もの人間が地に伏せていく。唯一立っているのは体格からして男だったが、暗さのあまり顔は見えない。だが、影が振り向いた。
衝撃か、恐怖か。震えそうになる己の肩に気づき、シェリルは自身を恫喝した。脅えてはいけない。圧倒されることは、それすなわち死へと直結する。目を逸らしてはいけない。戦場では常に前を向き、歌い続けろ。戦いは常にシェリルの目の前にあった。臆することは己を、周囲の人々を死の恐怖へと晒すだけであり、喪われる命さえ産み出してしまうのだ。怯むな。心は刃向え。だからこそシェリルは分からない現状の中でも、影を強く睨み上げた。シェリル・ノームの尊厳はここにある。誰にも穢されやしない。雨が激しくシェリルの頬を打つ。
「Ah・・・?」
光に慣れてしまっているシェリルの目には映らなかったが、影は、男はその隻眼を見開いて彼女を見下ろし、そして笑った。唇の端を僅かに吊り上げるそれは自嘲に近く、低い声が掠れて何事かを紡ぐ。シェリルが警戒に眉を顰めた次の瞬間、男の身体は崩れた。反射的に抱き留め、触れた首筋が燃えるように熱い。
雨の夜、血に塗れた大木の影。それが、「銀河の妖精」シェリル・ノームと、「奥州筆頭」伊達政宗の出逢いだった。





おまえは、俺を死へと誘う女神か?
2011年2月12日