10.この両手に溢れんばかりの愛を載せて
船旅を経て、秀吉と官兵衛は四国に上陸した。内々の来訪ではあったが、手枷に加えて鉄球を引き摺っている官兵衛の姿は目立って仕方がない。これではもう偵察の任務も難しいであろうな。そんなことを考えている秀吉を、四国の国主、長曾我部元親はわざわざ港にまで来て出迎えてくれた。
「よお! よく来たな!」
大手を振り、豪快な笑みで迎えてくれるが、その瞳はきちんと警戒と理知が浮かんでいる。それでいて好意的な態度を示してくれる元親は、基本的に根が善人なのだろう。岡豊城までの道すがら、町の様子を見て秀吉はその印象を色濃くしていた。元親は優れた国主だ。民に寄り添い、民と共に生きることが出来るのだろう。民を一身にその背に背負う元就とは相反した性質であり、だからこそ瀬戸内の睨み合いは今日まで続いてきたのかもしれない。案内された岡豊城の一室で、秀吉は元親にこの度の訪問を受けてくれた礼を述べ、同盟の詳細を語った。ちなみに官兵衛は鉄球が廊下の板をぶち抜いたため、庭で待機となっている。
「同盟自体には賛成だぜ。だが、毛利の野郎がどう出るかが問題だな。あいつが参加しない以上、俺も警戒を解くわけにはいかねぇ」
謁見の間ではなく、元親の私室に近い場所で会談は行われた。楽にしてくれ、と最初に言われた通り、やはり元親は秀吉に好意的であったし、同盟にも積極的だった。そんな彼の懸念が理解出来たため、心配はない、と秀吉は頭を振る。
「毛利は半兵衛が説得するであろう。あれは言うたことは決して違えぬ」
「噂の天才軍師さんか。そんなにやり手なのか?」
「うむ。我には過ぎたる者よ」
瞳を細めた秀吉の言葉が本心であると悟ったのだろう。部下を大切にする元親は、そりゃあよかったな、と我が事のように嬉しそうに笑ってくれた。豊臣軍にはいない性質の男だと、秀吉は元親を前にそう思う。どちらかといえば友垣である慶次に近いのかもしれないが、包容力では元親の方が上かもしれない。だからこそ秀吉は膝の上で大きな拳を作り、腹を割って話すことにした。
「我は以前に・・・我が妻を、殺そうとした」
元親の目が瞠られた。次いで、検分するような冷えたものになる。それを当然のことだと受け止めて、秀吉は話す。
「強く在るためには、弱点を失くさねばと思った。いずれ狙われるのであれば、最初の時点で消しておくべきなのだと。今となってはそれこそ心弱き者の考えであると理解できるが、当時の我は愚かにも信じ切っていた。妻を殺せば強くなれるのだと。それを駄目だと諌めてくれたのが、半兵衛だった」
彼を失くして、今の秀吉は存在しない。本当に、本当に、生涯をかけて感謝を捧げていきたいと考えている。
「弱さを持つのが人なのだと、人の上に立つのは人でなければいけないのだと、半兵衛は我に教えてくれた。それからだ。我が強い国を作るのではなく、強い心を持つ民を作りたいと思ったのは。その考えは今も変わっていない。だが、先日少し新たに思うようになったことがある」
話を進めるうちに、元親の表情は柔らかくなっていった。胡坐をかいた膝に肘をついて話の先を促してくる。うむ、と僅かに照れながら、秀吉は一つ頷いた。
「その・・・やや、が、出来たのだ。・・・妻に」
「やや、ってあんた父親になるのか! そりゃめでてぇな!」
「う、うむ。何せ初めてのことだ。分からぬことばかりなのだが・・・妻に告げられたとき、信じられぬ思いだった。驚きと喜びが湧き上がり、どうしたものかと思ってしまった」
「はは! 独身の俺には分からねぇが、世の中の男ってのはみんなそんなもんだろ」
「うむ。だが、同時に我の決意は新たなものに変わった」
顔を上げ、秀吉は正面から元親と相対する。隻眼の瞳をひたと見据え、今抱く、己の指針を嘘偽りなく語る。
「我が子のため、更にその子供ため、延々と続いていく後世のために、我はやはり強き国を、強き民を、人が笑って暮らせる世を作っていきたいと切に思った。そのためならば、例え織田信長と相打ちになっても構わん。だからこそ長曾我部、そなたに同盟を申し込む」
頭を下げ、秀吉は願い出る。
「もしも我が志半ばで倒れたときは、そなたに後を引き継いでもらいたい。半兵衛や三成ら豊臣と共に、後世のための道筋を示してやってほしいのだ」
頼む、と目を瞑り、祈るような気持ちで秀吉は告げた。その国にはその国の考え方がある。けれども元親にならば分かってもらえるのではないかと、秀吉はそう感じたのだ。港での出迎えに、賑わう町に、笑顔の民に。そしてそれは間違っていなかった。
「顔を上げてくれ」
促されて従った先、元親は笑っていた。その瞳に最初にあった頃の警戒はすでになく、親愛と信頼が浮かんでいる。
「おまえの頼み、この長曾我部元親が請け負った! だがな、それは最後の手段だぜ? 最後まで一緒に日ノ本の民のために頑張ろうじゃねぇか! そのための同盟だろ?」
「無論だ。礼を言う。・・・ありがとう」
「いいってことよ。俺もあんたみたいな国主なら、安心して背中を任せられるぜ」
よろしくな、と眩しいほどの笑顔と共に差し出された手に、秀吉も僅かに笑んで自身のそれを重ねた。こうして豊臣と長曾我部は、正式に同盟を組むことで一致した。
これで元就3ルート消滅。
2012年6月17日