9.策士たちの邂逅
豊臣軍が誇る軍師、竹中半兵衛と、中国地方が頂く策略家、毛利元就の邂逅は、とても静かに始まった。極秘の会談のため出迎えはなく、半兵衛も紀之介も戦装束ではないただの礼装だったから、何も知らぬ者からすればどこかの武家が訪ねてきたのかと思っただろう。しかし通されたのは広島城でも最も上級と思われる一室で、それは確かに毛利側が半兵衛たちを評価していることを示していた。にこ。上座に着いた元就に微笑みかける半兵衛は、相変わらず食えない人柄をしており、自分の尊敬する師であると紀之介が思う。中国の雄が存外に若いことに少々驚いたが、その冷徹な眼が自分を見て僅かに顰められたことに、紀之介はにたりと包帯の下の唇を吊り上げた。何、詭計智将もこの程度よ。容姿だけを見て判断する相手に紀之介は侮蔑を抱く。はぁ、と半兵衛が溜息を吐き出した。
「・・・二人とも。互いを測り合うのは良いけれど、見た目で判断したら痛い目を見るよ?」
「竹中、それは業の者か」
「彼は大谷吉継君といって、秀吉の小姓をしているんだ。病はもう進行を止めているから感染はしないし、心配には及ばないよ。それと紀之介君、彼が中国を治める領主、毛利元就君だ。彼の他人への態度は基本的に侮蔑しかないから、特に気にしなくていい」
「分かり申した。お初にお目にかかりまする、毛利公」
「ふん。御託は良い。どうせ同盟の話であろう」
「分かってるなら話が早いね。豊臣と毛利、四国の長曾我部、九州の島津。四者で同盟を組みたいと考えているんだけど、どうかな?」
島津公にはすでにざっと話して快諾を貰っているよ。後は正式な公約を結ぶだけだ。
戦場以外の場において、半兵衛は仮面を纏わない。だからこそ露わになっている美貌は女性よりもたおやかな微笑みを浮かべており、それこそが紀之介が半兵衛を戦国最高の軍師だと敬う点だ。半兵衛はいついかなる時も己の調子を狂わせない。重苦しく、殺意に張り詰めた場においてでも、彼は自ら微笑してみせる。しかもそれは嘲笑ではない。慈しみでもない。重圧をかけるでもなく、惑わせるものでもない。半兵衛は、ただ、笑うのだ。その精神力には感服せざるを得ない。
「貴様らと組んで、我に何の利がある」
「山ほどあるんじゃないかな? 少なくとも元親君と睨み合う必要はなくなるよ。君たちは最初から自国の領土にしか興味がないのだから、ここらで刃を納めてにこやかに手を取り合う・・・図は想像すると楽しいけれど、余計な気を張ることもなくなる。それだけで毛利軍にとっては大きな理由となるんじゃないかい?」
「ふん、相変わらず口だけはよく回る男よ」
「褒め言葉だね。それと元就君は、九州の大友軍にちょっかいを出されることもあるだろう? 島津公と組めば、そちらも抑えることが出来るよ。これで一石二鳥だ」
「して、貴様が言うのならそれ以上の利があるのだろうな?」
「利というか。まさか、忘れたとは言わせないよ」
紀之介は一歩下がった場所で、半兵衛の背中を見つめていた。
「僕たち豊臣が大阪にいるから、織田信長公の侵略が中国にまで及んでいないんだ。盾となってあげているのを、まさか理解していないわけがないだろう?」
半兵衛の肩越し、元就の顔が明らかに歪んだ。地理的な問題として、確かに大阪に居を構える豊臣軍が強ければ強いほど、尾張を本拠とする織田が西へ勢力を伸ばすことは叶わなくなる。それすなわち中国と四国、九州は、豊臣が大阪で織田を押し止めているからこそ、魔王の脅威に晒されていないのだ。自明の理よ。紀之介が心中で呟けば、半兵衛のまた笑った気配がした。
「毛利軍が優秀なのは知ってるよ。けれど、バサラ者は君一人しかいない。それで織田軍を迎え撃ち、勝利することが出来るのかな?」
「黙れ。・・・それ以上我を愚弄することは許さぬ」
「もしも君と僕たちが戦になり、仮に豊臣が敗れたとしよう。僕たちは強いからね。勝ったとしても君は無傷とはいかないだろうし、そうすれば織田にとってこれ以上ないほど美味しい獲物となる。あっという間に大阪から中国までが織田の領土に早変わりだ」
「安芸は譲らぬ」
「君のその現実的なところ、僕はとても好きだよ」
「貴様が利だけを語るなぞ片腹痛いわ」
くっと喉を揺らして元就が笑う。半兵衛の元就に対する評価は、とても高い。それはいっそ紀之介が悋気を覚えるくらいで、何故に、と中国への道程で問うたくらいだ。そのときも半兵衛は笑って教えてくれた。僕が元就君を評価するのはね、と。まるで囁くように。周囲を切り捨て、孤立しながらも、彼が一人で生き抜き、国を愛し守っているからだよ。その潔癖さがとても素晴らしいと思うんだ。そう語った半兵衛の見解が正しかったのだと、今初めて紀之介は、毛利元就という智将に対して認識を改めた。彼は睥睨を笑みに載せて半兵衛の心を指摘したのだ。
「貴様にとって織田などどうでも良いのであろう? 竹中、貴様は何を見、何に対しての策としてこの同盟を所望している。その訳を語らねば、我が貴様に与することはない」
「・・・これだから僕は、君が好きだよ」
そのときの半兵衛の表情は、紀之介の位置から見ることは出来なかった。
「だけど、今はまだ教えてあげない。そうだね、奥州の伊達政宗君が十九、いや、二十三になったら教えてあげるよ。そのときまで僕は君と、その先も僕は君と、ずっと友好的な関係でありたいと思っている。・・・それじゃ、駄目かな?」
吹き込む風に、さらりと半兵衛の、元就の髪が揺れた。それから三日後、豊臣と毛利は正式に同盟を組むことで一致した。
元就様を味方にしておきたい半兵衛。
2012年6月17日