4.自由と呪縛





大阪を中心に新興した豊臣一派が、軍となって三年。あらかたの政策が軌道に乗り始め、町が目に見える形で活気づいている。特に堺は交易の港であり、行き来する船は国内だけでなく外国船も数多くある。流通の中心地、それが大阪だった。だからこそその地を押さえた豊臣軍が僅か数年で他国と渡り合える勢力を手にすることが出来たと言っても過言ではない。加え、統治は法に基づいて行われ、人心と人権を重んじる国是は民に喜びを齎した。外国の技術を惜しみなく取り入れ、より良くして民へと提供する。物資に溢れ、人に溢れ、情報に溢れ、活気に溢れる。それが大阪であり、豊臣軍の統べる国だった。
「・・・すまぬ、慶次」
その大阪城の一室で、秀吉は親友に深く頭を下げていた。目の前で胡坐を組む男は、秀吉の友垣である。半兵衛も含め、三人で青年期を過ごしたのはほんの数年前のことだ。今となっては秀吉は豊臣軍の総大将、半兵衛は軍師、そして慶次は京を中心に日ノ本各地を巡っている。揃って過ごす時間は明らかに減ったけれども、心まで離れることはない。だからこそ秀吉は、本心から慶次へと謝罪した。
「止めてくれよ。頭を上げてくれ、秀吉」
「・・・・・・」
「俺が利の甥で、前田家の者であることは事実だ。その前田家が織田軍と近しいのも、だな。だから秀吉が俺に謝ることなんてない」
「慶次・・・」
「俺としちゃ、感謝してるんだぜ? 豊臣軍の大将になった今でも、こうやって俺を友達だって言ってくれること。本当にありがたくって涙が出そうだ」
顔を上げれば、慶次は笑っていた。けれどもいつもの奔放な笑みではなく、片眉を下げた、どこか消沈した表情ではある。けれども豊臣軍を統べる者として、秀吉はけじめをつける必要があった。これは、半兵衛に言われたからではない。
天下統一など考えたこともなかった青年の頃は、ただ共に過ごし馬鹿騒ぎをするだけでよかった。それは秀吉がねねを娶った後も変わらず、慶次は友でいてくれた。けれども日ノ本を強くするために起ちあがった今、秀吉は各地を侵略し、蹂躙しては破壊を繰り返す織田軍と相対する覚悟を決めている。魔王とは相容れぬ。いつか来るだろう戦は、それこそ秀吉のすべてを懸けてのものになるだろう。だからこそ織田と近しい距離にいる前田利家の甥である慶次とも、距離を置く必要があった。慶次自身は軍属しておらず、家を出ていたとしてもだ。名しか持たない民が多い中、慶次の姓は余りに重い。
「大阪城へ来るのは、年に二度。武器を預け、『前田』は関係ないと宣誓する。知った情報は例え些細なことであろうと一切他人に喋らない。それだけでいいんだろう? 破格の待遇だ」
本来ならば交友を断つべきであり、そう進言する部下もいる。事これに関しては半兵衛は沈黙を守っており、それは彼自身もまた慶次の友垣であり当事者だからだろう。逆に慶次を間者として織田軍を探らせれば、と提案する部下もいる。けれど秀吉にそうするつもりはなかった。友に対して、それは余りに不誠実過ぎる。立場は変われど友情は変わらない。そう信じているからこそ秀吉は条件を付け、慶次はそれを受け入れた。
「すまぬ、慶次」
秀吉が頭を下げれば、慶次が声を挙げて笑った。それはやはり覇気のないものではあったが、俺こそごめん、と彼自身も頭を垂れる。
「俺がちゃんと前田を出ていれば、秀吉や半兵衛に気を使わせることもなかったんだ。でも俺はまだ・・・利やまつ姉ちゃんと、完全に離れる決心がつかない。前田は、俺の帰る家なんだ」
「家族を思う気持ちは我にも分かる。慶次、おまえは悪くない」
「すまねぇ、秀吉・・・」
「謝ることはない。例えどのような状況に置かれようと、我らが友であることに変わりはない。我らはいつでも、おまえの来訪を待っている」
顔を見合わせた二人は互いに大層情けない表情をしていたけれども、抱える思いは同じだ。それから少し歓談して、また来るよ、と慶次が立ち上がる。秀吉が自ら見送りを申し出て、城主と客人が並んで歩く姿に視線が寄せられたけれども気にしないことにする。大門で愛用の超刀を受け取れば、門兵が僅かに気を張った。よもやまさかここで秀吉様を害するつもりじゃ、という警戒に、慶次は友が確かに軍主になったことを感じた。だからこそ手を振って、またな、といつものように分かれた。町への道を下る。城下町は賑わっている。日ノ本各地を旅している慶次だからこそ分かる。これは、秀吉の手腕だ。友はすでに、慶次の友というだけではないのだ。
「慶次君」
「半兵衛」
通りの店からひょっこりと顔を出したのは、これまた慶次の友垣だった。店主から包みを受け取った彼は、ちょうどよかった、と言って笑いながら慶次に歩み寄ってくる。
「はい、これ」
「何だい?」
「城下で人気の饅頭だよ。旅の途中で食べるといい。君のことだから大丈夫だとは思うけど、道中気を付けて」
ぽんと包みを渡されて、じゃあね、と手を振られる。城へと戻っていく背中を呆気に取られて見送り、かさ、と手の中の包みが音を立てたものだから、慶次は慌てて声を張り上げた。
「は、半兵衛!」
人混みの中、友が振り返る。先程までの沈んでいた気持ちが嘘のように晴れていて、慶次は大きく片腕を振った。
「ありがとな! 今度来るときは、絶対に土産を買ってくるから!」
「楽しみにしてるよ」
ひらひらと笑顔で見送られて、慶次も笑って頷いた。そうして大阪の町を駆けだす。会う回数が減ったとしても関係ない。ここは慶次にとって、帰ってきたい二つ目の場所だった。





個人的に前田という苗字ネタは外せない。
2012年6月17日