2.心強く在るために





大阪を中心に急速に拡大した豊臣一派は、すでに軍と称しても良い規模となってきた。特にそれは秀吉が先頭に立ち、織田軍の攻撃から堺の町を守り切ったことで一層の名声を得た。入軍を志願する者が増え、感謝する商人たちによって新たな城が建設される。瞬く間に築かれた豊臣軍は、大将である秀吉の人望と、軍師である半兵衛の手腕、何より二人がバサラ者であるということも踏まえて瞬く間に日ノ本中へと知れ渡る。領地は未だ多くないものの、堺は商業の中心地であり、そこを押さえる意味は大きい。大阪はあっという間に豊臣の色に染まった。
「関所の廃止、鉱山の直轄、検地も行わなくてはいけないね。信長公を見習うのは不服だけれど、楽市楽座は確かに意味があるから、あれも参考にするとして。ああ、兵農分離も進めないと」
大阪城の一室で、机を前にして半兵衛が筆を握っている。畳に散らばるのは数多くの巻物や薄紙であり、どれもが治世のための資料だ。日ノ本を強き国にしたい。そう願い邁進する秀吉に、足元を見ることも必要だよ、と促したのもはやり半兵衛だ。戦ばかりでは人の心も廃れてしまう。自分たちを大切にしてくれる統治者にこそ、民は着いていくんだよ。そう説き、半兵衛は秀吉に政治のいろはを教えていった。秀吉は元の出自が農民だ。執政などしたこともないし、するなど考えたこともなかった。けれど日ノ本を纏めるなら、それは君の義務だ。僕が支えるから頑張ろう。半兵衛の言葉に秀吉も頷き、慣れないながらもどうにか理解しようと頭を巡らせている。大阪の政治はほとんどが半兵衛の施策によって行われていたが、彼は決して秀吉を蔑にしなかった。むしろ最終的な判断は必ず秀吉に任せている。すべての利点と欠点を説明し、秀吉が納得できるようになるまで根気よく付き合ってくれる友に、本当に頭が上がらない。いくら感謝してもし足りない。我には過ぎる友よ。秀吉は常々半兵衛に対しそう思っている。
「新たに領土となった国への刀狩も必要であろう?」
「そうだね。税収はどうする?」
「まずは状況を調べ、現状での収穫高を見極めねば。戦後ということもあり民は疲弊しているだろう。余計な負担をかけず、けれども軽くし過ぎれば後で正規の税に変えたとき反発を招く。農耕技術の提供と引き換えに、といったところか?」
「良く出来ました」
ふふ、と教師の顔で半兵衛が笑う。これもすべて秀吉が教えられ、学び、活かすことが出来ているからだ。もちろんすべてに対し同じ処理をすることは出来ない。状況を、場を見極めることが必要だよ、と半兵衛は説き、あらゆる事態を想定した話をしてくれる。日ノ本を強くしたい。そのためにはまず、民の心身の強さが必要である。それを理解した秀吉は、無闇に他国へと侵攻はしない。まだ大阪を治めて日も浅く、今は自国を富ませることに重点を置いているからだ。しかし日増しに活気を増していく大阪に焦り、周囲から攻め込まれることもある。そういったものを迎撃し、打ち破り、新たな領土として、そしてまたその土地も治めていく。慣れない日々ではあったが、秀吉にとって苦痛ではない。自らの手で民が笑ってくれるのならば、それ以上のことはないと考えているからだ。
「確かそろそろ堺に南蛮船が着く頃だね」
「うむ。先触れでは予定通りと言っていたな」
「じゃあ明後日には向かうとして・・・」
「その前に二人とも夕餉でしょ! まったくもう! 一体何時間政務をしてるつもり!?」
すぱんと小気味よい音を立てて襖が開かれ、現れたのは秀吉の妻であるねねだった。この大阪城で、城主の執務室をこんな風に訪れる輩なんて彼女くらいしか存在しない。ねねの背後では女中が困り顔で右往左往しており、驚いて顔を上げた秀吉と半兵衛も顔を見合わせる。丸い窓から覗く空はいつの間にか夕焼けに変わっており、そういえばいくつかの政策はすでに大筋を定めることが出来ている。もう日暮れか、と秀吉が呟けば、まったく、とねねが腰に手を当てた。
「お仕事が大変なのは分かるけど、食事はきちんと摂ってもらいますからね! 夕餉の支度はもう出来てるの。ほら、移動移動!」
「うむ。すまぬ、ねね」
「じゃあ僕はこれで失礼するよ」
「何言ってるの! 半兵衛の分も用意してあるんだから食べてもらわないと困るわ。ただでさえあなたは食が細いんだから、栄養を摂ってもらわないと!」
「その通りだ。半兵衛、我らの間に何を遠慮することがある」
「そうは言ってもね・・・」
半兵衛が珍しく眉を下げれば、私の作った夕餉が食べられないの、とねねが言い募ってくる。さすがに主君の妻を蔑にするわけにもいかず、じゃあご馳走になるよ、と半兵衛は頷いた。彼は家臣ということで、大阪城に程近い所に屋敷を持っているが、そこには寝に帰るくらいで最低限の家人しか雇っていない。だからこそ秀吉やねねは、必ずと言っていいほど半兵衛を夕餉に誘う。城主の妻であるねねは本来なら奥に籠って出てこないのだが、元が農民であるため、彼女は夫のために自ら包丁を握っていた。政治や戦に口を出したりはしないけれども、秀吉の心身を健やかに保つのが自身の役目だときちんと理解し、城内の女中などはきちんと纏めてくれている。秀吉とねねの夫婦に半兵衛が揃って膳を囲み、時にそこに慶次が加わり、和やかな時間を過ごすのが大阪城の常だった。





ほんわか家族豊臣軍。
2012年6月17日