気づけば、ちゅーあり。年上のお姉さんに慈しまれる青少年の図がいける方のみどうぞ。





群雄共生(ありがとう編)





もにゅ、もにゅ、と幸村は大福を咀嚼していた。餡子の甘さに幸せを感じながら緑茶に手を伸ばす。香ばしい匂いと適度な熱さがやはり素晴らしく、人心地ついてほぅと溜息を吐き出した。空になった皿と湯飲みを見下ろして、ふと我に返る。自分は何故縁側で大福を食べているのだろう。確か鍛錬をしている最中だったはずではなかろうか。道場で政宗や元親、今日は珍しく元就や秀吉も参戦しての手合わせをしていた。信玄や謙信、島津は政治の話をしているらしいが、年若い武将は勢揃いしており、普段滅多に臨むことの出来ない激しい戦いに幸村の心は沸き立っていた。しかし、少しして気づいたのだ。向かい合う面子の中に、半兵衛がいないと。誘ってくるでござる、と道場を出て、客人のための部屋へ向かい、縁側に腰掛けていた彼女を見つけ、そして気づけば幸村は大福をもにゅもにゅと食べている現状だ。ようやく彼は気がついた。
「も、申し訳ない、竹中殿! この茶請けは竹中殿のために用意されたものであったというのに、某が食べてしまった・・・! 今すぐ、代わりのものを!」
「いいよ。僕は甘いものが特別好きなわけでもないし、今はお腹も減っていないから」
「左様でござるか・・・。いや、しかし・・・面目ない」
重ねて謝罪すれば、盆を挟んだ距離に座っている半兵衛が「ふふ」と笑う。一般的な女性とは異なり、袴を着用している彼女はどこか女だという意識を感じさせない。もちろん容姿は美しいし、例えば今のような所作ひとつ取っても男にはない艶があるのだが、それ以上に幸村にとって竹中半兵衛という人物は「武人」という印象が強いのだろう。豊臣軍の軍師。戦場を意のままに操り、状況を己のものへと変えていく。幸村は彼女を尊敬していた。もちろん、彼にとって認めた強敵はどんな人物であり仰ぐに値する存在なのだが。
「竹中殿は、小食であられる」
空になった皿を見つめ、幸村は常々思っていたことを漏らした。盛られていたみっつの大福は小振りで、幸村も大好きな店のものだ。けれど半兵衛はそれをすべて譲り、幸村とて固辞したが、気づけばいつの間にか大福を口に運ぶ事態になっていた。上手く丸め込まれたことに彼自身まだ気づいていない。
「朝餉の席でも夕餉の席でも、竹中殿が食べる量はほんの僅か。武田の食事は口に合いませぬか?」
「そんなことはないよ。山の幸に溢れていて、とても美味しい」
「それでは、何ゆえ」
「そうだね。覚えておくといい、幸村君。女は男と違って、そうたくさんの量を食べなくても大丈夫なものなんだよ」
薄く唇を吊り上げる半兵衛は、午後の日差しを浴びているというのに白く細い。いっそ折れそうなくらいの儚さは幸村が生涯初めて目の当たりにするもので、その存在感の無さが彼を戸惑わせる。言葉が知らず口を突いていた。
「どこか、身体を悪くしておられるのか」
問いかけに、答えはすぐに返されない。浮かべていた微笑がゆっくりと姿を消し、半兵衛は縁側から立ち上がる。袴の裾が音を立て、足袋の下で草履が擦れる。幸村から十歩離れたところで彼女は振り向いた。太陽を背負い、全身は陰になる。笑っているように幸村には見えたが、実際はどうだったのか分からない。
「生まれつき、少しね。身体が弱いんだ」
だから半兵衛は食が細く、折れそうな身体をし、鍛錬にも参加しないのか。納得は幸村の脳裏を表面だけ滑り落ち、次いで沸き上がったのはやはり尊敬の念だった。興奮が幸村を熱くする。
「それでは、竹中殿は身体の弱い御身でありながら、あれほどの戦いをされるのでござるか! さすがは豊臣軍の軍師! 某も見習わなくては!」
大きく見開かれた瞳に、幸村は気づかない。
「勝手ながら某、前々ながら竹中殿には近しいものを感じておりました! 主君に忠義を尽くすその姿勢! 戦場のみならず、政治においても秀吉殿を補佐する才覚を羨ましく感じ、某もいつかは竹中殿のように文武共にお館様のお力になりたいと常々思うておりまする! 女性であろうと、例えその身が逞しいものでなかろうと、己の信念を貫くその覚悟・・・っ! やはり竹中殿は素晴らしい武人にござる!」
拳を握り、抱いた尊敬はやはり正しかったのだと認識を新たにする。政宗や元親、元就たちは城主であり、尊敬はすれど彼らの目指すものは幸村の理想と何処かが違う。漠然とした想像は彼らよりも半兵衛や小十郎の横顔に見出されることが多く、やはり自分は臣下なのだと幸村は心の底から納得したものだ。敬愛する唯一のために、己のすべてを懸けて駆ける。その生き方が自分には合っている。だからこそ今の半兵衛の言葉は、幸村を大きく感動させた。彼女のような人をきっと、忠臣と呼ぶのだ。
高潮する幸村に、ふっと影が落ちてくる。いつの間にか一歩の距離にまで近づいていた半兵衛が彼を見下ろしており、その顔は陰になっていても幸村から察することが出来た。仮面に覆われている目元が僅かに朱に染まっていて、長い睫毛に縁取られた瞳は綻んでいる。伸びてきた指先は何にも覆われておらず、節くれだった幸村のそれとは異なり、細く頼りない女のものだった。両手で柔らかく輪郭を覆い、ふに、と指が頬を摘まむ。ささやかな愛撫に、幸村は「破廉恥でござる!」と叫ぶことすら忘れ呆然としてしまった。眼前の美に魅入ってしまったのだ。華のように溢れる微笑は、幸村が初めて目にする彼女の喜色だった。肌が恐怖とは異なった意味合いを持って粟立つ。まるで親に褒められた幼子のように、半兵衛は笑って。
「僕は今、君の子供なら産んでもいいと思ったよ」
ありがとう、幸村君。ふわり、吐息が顎を掠めたかと思うと、次の瞬間には柔い感触が幸村の唇に重なっていた。甘味よりも甘い香りが鼻をくすぐる。近すぎる距離に美しい造形は朧に変わり、触れた箇所だけがすべてになった。



触れるだけの、けれど短くは無い口付けを受けて、しばらく岩のように固まっていた幸村は全身を炎のように真っ赤に染めると、弾丸のように縁側から飛び出していってしまった。起こる土煙に半兵衛はくすくすと笑い声を上げ、己の唇をそっとなぞる。そのまま風になびく髪を手のひらで押さえて、まるで独り言のように語った。
「心配しなくても、口腔接触でうつるような病ではないから大丈夫だよ。僕だって彼を殺したくはないからね」
いつの間にそこにいたのか、振り向いて半兵衛は佐助に笑いかけた。警戒を滲ませているその姿に肩を竦めて失笑する。それは当然ながら先ほど幸村に見せたようなものではなく、彼女の浮かべる常の仮面だった。大丈夫だよ、と再度半兵衛は繰り返す。置いてきぼりの皿と湯飲みを見つめて、彼女は愛しげに微笑んだ。





やっぱり結婚の話、先に進めてしまおうか。どうかな、幸村君?
2009年8月16日