群雄共生(熱闘露天風呂編)
躑躅ヶ崎館には、武田信玄自慢の露天風呂がある。限られた者しか使うことの許されないそこは、今は客人たちの憩いの場となっていた。夕暮れを向かえ、西の空が茜色に染まった頃、かすがは女湯の戸を開けてのれんをくぐる。本来ならば忍びとして公に出ることが許されない彼女も、主である謙信の微笑みと、今回の盟主である信玄の厚意によって、この露天風呂に入ることを許されていた。十畳ほどの広さの脱衣所の中、使われている籠はひとつ。着物の色からして半兵衛が入浴しているのだろう。少し迷ったけれども、かすがも装束を脱いで手ぬぐいを一枚持ち、露天風呂へ足を踏み入れた。湯気の中で、白い肢体が振り返る。銀髪にやはり竹中か、と思った次の瞬間、かすがは意識を失った。
「・・・・・・が君、かすが君」
「う、ん・・・?」
ぼんやりと覚醒した視界の中に、自分を見下ろしてくる半兵衛が映る。その向こうにあるのは木の組まれた天井で、ひやりとどこかから漂ってくる冷気は夜に向かい始めた野外のものだろう。ほのかな湯気に、かすがは自身が風呂に入ろうとしていたことを思い出しながら身を起こした。胸の上から手ぬぐいが落ちる。それにしても、どうして自分は洗い場で横になっているのだろうか。答えを知っているだろう半兵衛を見やれば、彼女はほっとした様子で微笑みかけてくる。
「気分はどうだい? 頭を打ったとか、気持ちが悪いとかは?」
「・・・いや、大丈夫だ。私は一体どうしたんだ?」
「足元を滑らせて転んだんだよ。突然のことだったから支えてあげることも出来なくて。悪かったね」
いや、とかすがは再度首を横に振る。転んだにしては受身が取れたのか痛む箇所もない。けれど、記憶が曖昧だ。足を滑らせた覚えはないし、それに、風呂へ入った瞬間に自分は見た気がするのだ。神々しくて、それこそ己の主に匹敵するかのように美しい何かを。しかし周囲を見回せど琴線に引っかかるものはなく、かすがは気のせいだったかと思考を改めた。対面の半兵衛に戻り、彼女を見て僅かに眉を顰める。
「おまえは、風呂でもその仮面を外さないのか?」
「・・・世界が滅ばないためにもその方が良いと、つい先ほど証明されたばかりでね」
「? まぁいい。好きにしろ」
放り出せば、視界の隅で半兵衛が肩を竦めたのが見えた。白い肩だ。骨の形が分かりそうなくらいに薄い。かけ湯をしてから湯船に入れば、橙から紫に、そして藍色に変わり始めた東の空が望める。頬を撫でる風は冷たく、肩より下を包む湯は熱い。ほう、とかすがの唇から吐息が漏れた。
何気なく視線を動かせば、身体を洗い始めた半兵衛の姿が目に入る。小さな木の椅子に腰掛けて、桶に汲んだ湯を肩からかける。肌が白い。先ほども思ったことを、再度かすがは認識した。服を着ているときに見えるのは首筋や顔だけだが、それでも半兵衛は色白だ。時にそれは青白くもあり不健康さを覗かせるけれども、今の彼女は違う。湯に温められた肌は桃色に染まり、血色の良い横顔はそれこそ艶やかだ。透き通るような薄紅に、かすがは露天の縁から思わず声を投げかけてしまった。
「竹中は、その・・・何か特別な肌の手入れをしているのか?」
顔だけで振り返る半兵衛は、すでに髪は洗い終わっているのか、ぺたりと首筋に張り付かせている。つ、と伝った雫がなだらかな背中を辿っていって、そのまま腰から尻へと消えていく。
「特別なことは何もしていないよ」
「それでその白さか? ・・・・・・羨ましい」
「僕は逆に、かすが君の健康的な肌の方が羨ましいけれどね。瑞々しくていいじゃないか」
「今のおまえと比べれば、子供のそれみたいなものだ」
確かにかすがの肌は程よい小麦色をしているし、忍びとして手入れも欠かせないので張りもある。けれど、そこには半兵衛の持つ醸し出すような色気は存在しないのだ。胸や尻の問題ではなく、ただ肌だけを見て触れたくなるかならないか。ぺたり。かすがは試しに己の二の腕に触れてみた。悪くはないが、見た目通り、それだけだ。対して半兵衛の桃色の肌は、遠目からしても吸い付くように思えてならない。
手ぬぐいを湯に浸し、半兵衛は己の身体を磨いていく。手足は長いが、目立つ筋肉はついていない。あの細腕で武器を操り、男たちと直接刃を重ねあっているなどと到底信じられないくらいだ。手首はきゅっと締まっているのに、二の腕の付け根まで滑らかな線を描いて余計な弛みは微塵も見られない。肩は薄く、胸元には鎖骨がくっきりと浮かび上がっている。僅かに湯が溜まり、彼女が上半身を傾けると共に谷間へと滑り落ちていく。洋装のときはさらしで押さえつけられ、袴の上からでも明らかな大きさの分からなかった乳房は、特別大きいというわけではないが、それでも決して小さいというほどでもない。肌が白いからこそ、その頂きの赤が酷く扇情的に見える。手ぬぐいが行き交い、ふるりと震える。
「おまえの胸は、男を誘う胸だな」
「それは喜んでいい評価なのかな?」
「女にとっては褒め言葉だろう」
「かすが君だって大きいし、張りがあって男好きする胸だと思うけれど」
「まぁ、私はそれが仕事でもあるからな」
色気で相手を油断させ、仕留めるのも忍びの仕事だ。謙信の傍で戦うことを許されているために実際そういった手段を取ることは滅多にないが、それでも忍びとしての自負がかすがにもある。身体を磨くことも義務のうちだ。ちらりと見下ろせば、湯の中に浮かんでいる己の乳房がある。突いてみれば、ぷりんと動く。半兵衛の胸はきっと、突けばぽよんと動くに違いない。弾力か、それとも柔らかさか。半兵衛は手ぬぐいを再度湯に浸し、細指で絞り上げる。その手が彼女自身の腰を覆った瞬間、かすがの瞳がぐわっと見開かれた。
「というか、何だその腰は! その細さは有り得ないだろう!」
「ちょ、かすが君! 掴まないでくれるかい!?」
「何だ、この脂肪の無さは! 下腹部の肉はどこにやった! この脂肪の無さでおまえは冬を乗り切れるのか!?」
「今まで乗り切ってきたんだから問題ないよ! それより太股にまで手を伸ばさない!」
「なるほど、最低限の脂肪と筋肉は備わっているのか・・・。足首も見事な細さだな。尻の形も良いし、ああ、やっぱり柔らかい」
「ひゃっ・・・! あぁもう、やめてくれたまえ、かすが君! 今の君はまさに痴女だよ! 女が女の身体をまさぐって何が楽しいんだい!」
露天風呂から飛び出し、腰から足の付け根、太股を手のひらで辿っていけば半兵衛の身体がびくりと震える。足首の細さを確認してひっくり返し、微かな肉だけでも滑らかな尻から浮き出ている背骨をなぞれば、流石に湯が飛んできた。思わずかすがが手を離せば、その間に体勢を立て直した半兵衛が逆に腕を伸ばしてくる。怒りと羞恥につり上がった眉は仮面越しでも艶やかだ。
「ほら! やっぱり君の方が胸も尻も大きいじゃないか!」
「んっ・・・! おまえこそ、そんなに吸い付くような肌なんて羨ましすぎる! 少しは私に寄越せ!」
「いくらだってあげたいくらいだよ! 僕はそんなものより筋肉が欲しいんだ!」
「何だと!? おまえ、その身体は極上のものだぞ!? もっと大切にしろ!」
「かすが君に言われたくないね! ん、ぁ、だ、だから揉むなって言ってるだろう!」
「ぁんっ・・・! お、おまえこそ、私の乳房を鷲掴みにしておいて、そんな台詞を吐くな!」
「君が止めれば僕だって止めるよ!」
「私だっておまえが止めれば止めてやる!」
洗い場で組み合うようにして、素っ裸の女ふたりが戯れている。美女同士ということもあり、第三者が見れば垂涎の光景だっただろう。けれどかすがは半兵衛の触り心地を確かめることにのめり込んでいるし、半兵衛は半兵衛で抵抗するのに忙しい。ごろごろと転がるままにふたりは湯船の中へと落ちていき、仕舞いには「やはり銀色か!」「君だって金色のくせに!」などという言葉までが黒く染まった夜空に響いた。
「・・・・・・おい。真田の奴、出血多量で死ぬぞ。誰か猿飛呼んで来いよ。真田のオカン」
ちょんちょん、と元親が突くも洗い場で昏倒している幸村は動かない。伏している彼の顔を中心に赤い液体が広まっており、元就が身体を流した湯が、それらを排水溝まで追いやっていく。
「Hey, 武田のおっさん! どこかに覗ける場所はねぇのかよ?」
「こっちじゃ、独眼竜! 幸村、おまえも来んか! いい加減に男になれぃ!」
「・・・政宗様、信玄公もご自重なされませ」
政宗の不謹慎な問いかけに、信玄が全力で応える。敬愛するお館様に呼ばれてもやはり幸村は微塵も動けず、小十郎は諦観の面持ちで首を振った。垣根の向こう、女湯からは今もきゃあきゃあと半兵衛とかすがの黄色い応酬が聞こえてきている。俺も覗いてくっかな、と元親が立ち上がれば、元就が「くだらぬ」と冷ややかに吐き捨てた。
「ふふふ。みな、たのしそうですね」
風呂から離れた縁側で杯を傾け、謙信はひとり優雅に微笑んでいた。
こういう話を書くのは楽しいですな! ・・・・・・趣味に突っ走って申し訳ありません・・・。
2009年8月8日