群雄共生(嫁ぎ嫁がせ嫁げよ編)





「君たちは結婚はしないのかい?」
半兵衛の問いかけに、座を同じくしていた三人の武将たちはそれぞれに沈黙をもって反応を返した。「てめぇに言われたくねぇよ」と顔にでかでかと書いたのは政宗で、「っつーかてめぇは何歳なんだよ」と隻眼に浮かべたのは元親で、茶をすすることで一切の感情を覗かせなかったのは元就である。秀吉は気が合ったらしい島津と話しこんでいるため茶席にはおらず、幸村は執務がどうとかで佐助に引っ張っていかれた。小十郎は兵士の鍛錬に顔を出していて、会合の合間の休息時間に集まったのは似たような世代の武将が四人。大福と茶を前に、半兵衛が唐突に話を切り出してきたのである。紫の仮面の向こうから、長い睫毛を瞬いて問うて来る。ちらりちらりと視線を交わしあい、元親が大福を飲み込んで口を開いた。
「・・・何だよ、藪から棒に」
「そう突然の話でもないと思うけどね。一国の城主である君たちならば、出来るだけ早く結婚して子供を作り、後継者を定めて地盤を固めるのは当然のことだろう?」
「Ah・・・まぁな」
「それなのに浮いた話が全く聞こえてこないから不思議だと思ってね。見目は程々だし性格だってそれなりなのだから、縁談くらい降って沸くくらいあるだろうに」
「おい、ちょっと待て。程々にそれなりって何だそりゃ」
「もちろん、そのままの意味だよ」
ふわりと半兵衛は目元を和らげるが、元親と政宗は唇を尖らせずにはいられない。彼らとて、己が所謂「いい男」であるという自負がある。しかし完全とは言い難いのもまた事実なので、「程々でそれなり」には言い返せないのだ。もちろんそこが己の魅力であるとも自覚しているわけだが。黙々と茶を飲んでいた元就が、三つ目の大福に手を伸ばす。
「そのようなことを聞いてどうするつもりだ」
「それは当然、豊臣の娘を側室として送り出すためだよ。特に決まった相手がいないのなら正室でも良さそうだね。大丈夫、ちゃんと良い子を送るから」
「いらねぇよ、そんなもん!」
「てめぇの息のかかった女なんか怖すぎるだろ!」
「酷いな。姻戚を結ぶことは、この戦国の世では当たり前のことだろう?」
何を言っているんだい、と半兵衛は呆れたように肩を竦めるが、男たちからしてみればとんでもない。確かに結婚によって繋がりを強くしていくのも外交のひとつだが、政宗も元親も、加えれば元就もそういった手段を考えたことはなかった。姻戚などに頼らずとも自軍を強くすることは出来るし、それこそが己の糧となる。本音を言えば良く知らない女を迎え入れることなんて御免だし、しかもそれが謀略を駆使する半兵衛の手の内から来る相手なら尚更だ。祝言を挙げた次の日には自軍が豊臣になっていそうで、想像するだけでぞっとする。
「いい案だと思うんだけどね」
残念そうに呟く半兵衛に、元親と政宗はぶんぶんと首を横に振った。
「つーか結婚なら俺らよりてめぇだろ!? 竹中、てめぇ歳はいくつだ!」
「女性に年齢を聞くなんてとんだ野暮だけれど、まぁいいよ。元親君よりひとつ年上の二十四になるね」
「Oh! 大した嫁き遅れだな」
「いいんだよ。利のない結婚なんて何の価値もないのだから」
言い切った。言い切りやがった。言うとは思ったが本当に言った。驚くどころかいっそ感心してしまい、元親と政宗は肩を落とす。智将であるからこそ先ほどの発言のように結婚も外交のひとつと考えているだろうとは思っていたが、自分に関しても同じように当てはめるとは。四つ目の大福を食べ終えた元就の手に、半兵衛は五つ目の菓子を載せている。
「例えどんなに歳を取ろうと、結婚くらい僕ならいつでも出来るんだよ。豊臣と縁故を持ちたいという武家は多いし、ましてやこの美貌だからね。家柄に拘らなければいくらだって夫を持てる」
「おまえ、間違いなく男の敵だな」
「本当のことだから仕方ないだろう? かといって豊臣の軍師である僕がおいそれと格下の武家と婚姻を結ぶわけにもいかないし。この会合が成る前なら島津公の息子のところに嫁いで瀬戸内を挟み撃ちとか、政宗君のところに嫁いで武田に強襲とかも出来たのだけれど」
「・・・俺は今、心底この会合に感謝してるぜ」
「Ha! 今からでも遅くねぇ。奥州に嫁げよ、竹中」
「それも悪くはないけれど、政宗君が豊臣に嫁いでおいでよ。可愛がってあげるよ?」
ふふ、と笑って半兵衛は七つ目の大福を元就の手に載せる。すでに皿のひとつは空になってしまい、元親は慌てて隣の金つばの山へと手を伸ばした。涼しい横顔からは想像できないが、元就は甘いものを好む上によく食べるのだ。それこそ幸村にも負けないだろう。しかも静かに黙々と平らげていくのだから、気がついたときにはすべて無くなっているなんて事態も珍しくない。
「貴様が豊臣の利を考えるのならば、現段階での嫁ぎ先は織田以外に有り得ぬな。この会合に参加しておらぬ軍勢でなければ外交の意味も有るまい」
もちもちもちもち。大福が伸びては切られ、咀嚼されあっという間に姿を消す。その消費量を見かねた政宗が茶のおかわりを注げば、元就はそれを当然のように受け取って口をつける。もちもちもちもち。もぐもぐもぐもぐ。大福が金つばに変わった。
「織田ってぇと・・・・・・魔王は妻帯者だしな。明智か」
「明智・・・」
脳裏に浮かぶのは、長い白髪を振り乱して戦場を立ち回る死神の姿だ。人を斬る度に狂喜乱舞しては、己に与えられる痛みにすら恍惚を見出す。確かに年齢から考えれば、半兵衛と釣り合わなくはない。光秀の嗜好と半兵衛の呻る鞭に似た武器を考えれば、似合わなくはない。しかしあれを夫とするのは、女として受け入れがたい何かがあるのではなかろうか。頭を振ってその存在に気づかなかったことにし、元親と政宗は再度思考を巡らせる。
「織田の陣営っつーと、浅井は魔王の妹を娶ってるしなぁ」
「徳川も年下か? 魔王の子じゃ歳が離れすぎてんだろ」
「あー、じゃあ前田か。前田の風来」
「彼と結婚するくらいなら明智光秀の方が何千倍もましだね。いっそ織田信長の側室になった方が幸せな人生を送れるに違いないよ」
皆まで言わせず叩き切った半兵衛の言葉は、それこそ彼女の武器よりも鋭く厳しかった。白い手の中で積むはずだった金つばがぐしゃりと潰れ、元就が眉を顰める。それに気づいた半兵衛が我に返って両の指先で形を整え直すけれども、眉間に刻まれている深い皺は消えず、固められた金つばは立方体ではなく球体になっていた。元就はとりあえず受け取って食べた。金つばは金つばだ。
一体何の恨みがあるのか、半兵衛は金つばを次から次へと潰しては丸くしていく。時々小判型になったり、三角錐になったりしている。無言で形を変え続ける半兵衛と、それを受け取り食していく元就を見やり、元親と政宗は視線を交し合った。ここまでさせるとは、前田慶次は一体彼女に何をやらかしたのだ。恨みつ恨みが金つばに込められ、元就によって消化されていく。皿がすべて空になる頃には、ようやく半兵衛の雰囲気も元に戻った。
「菓子が足りぬ」
「そうだね。おかわりを貰ってくるよ」
すっと立ち上がって女中を呼びにいく様は確かに気の利く妻の図に見えなくはないのだが、彼女を嫁にした際には恐ろしくて敵わない気がする。おそらく前田利家よりも尻に敷かれるに違いない。腕は立つし、機転も利くし、何よりあれだけの美貌の持ち主なのだから、城主の妻としては申し分ないはずなのだけれど。
「・・・俺、結婚はしばらくいいわ・・・」
「Sure, me too・・・」
力なく共感しあっている元親と政宗の元に、団子の皿を抱えた半兵衛が戻ってきた。一本差し出された串を受け取り、無表情のまま元就は食し始める。もちもちもちもち。もちもちもちもち。





実は織田さん側はこの会合を認めてません。故に不参加。年齢設定は半兵衛・秀吉・慶次が24歳、元親と佐助が23歳、元就21歳、政宗19歳、幸村17歳、小十郎29歳。
2009年7月31日