群雄共生(にこにこ娯楽編)
元就にとって、人は使える、使えないで分類するものだ。しかし戦を離れ、そして会うことも稀となれば基準も少しばかり変化してくる。つまりは五月蝿い、五月蝿くないに変わるのだ。元就は静穏を好み、己の時間を邪魔されることを嫌った。小うるさい他人を近くに置くくらいならば、ひとりでいる。それが彼の基本的な考えであり、行動だった。
「元就君、いるかな?」
襖の向こうから声をかけてきたのは、知人と称するには少しばかり問題のある相手だった。互いに気配で相手の存在の有無など分かるだろうに、声をかけるのを礼儀と考えているのだろう。策略家の彼女の場合それ以外の意味合いも含んでいるだろうが、少なくともいきなり襖を開け放つ元親よりは何倍もましだ。瞑想していた意識を現実へと戻す。
「何の用ぞ」
「暇なら囲碁でも打たないかい? お茶も持って来たのだけれど」
「・・・入るが良い」
すっと微かな音を立てて襖が開き、半兵衛が姿を現す。公の場では袴を纏うことを決めたらしい彼女は、今日は黄色の花の小振袖に、濃い緑の袴を身に着けている。どちらにせよ小振袖の基本は白らしく、彼女の白銀の髪を引き立てていた。
半兵衛は当然のように躑躅ヶ崎館の女中を連れており、ひとりは碁盤と碁石を元就の前に置き、もうひとりは茶と菓子を並べる。半兵衛の分の座布団を押入れから出して整えると、頭を下げて退室していく。「ありがとう、世話になるね」と半兵衛が投げかければ、女中たちははにかむように頬を染めて去っていった。女が女に愛想を振りまかれて何が楽しいのか元就は心底不可思議に思うが、半兵衛は必要性を認識しているのだろう。そこが同じ智将と呼ばれている彼と彼女の差異だった。失礼するよ、と半兵衛は碁盤を挟んで対面に腰を下ろす。
「豊臣はどうした」
「秀吉なら、今は島津公と共に鍛錬に励んでいるよ。楽しそうだったから邪魔をするのも悪いと思ってね」
「ふん。その暇潰しの相手が我ということか。大した物言いよ」
「そんなに僻まなくてもいいじゃないか。僕は君と碁を打つのが好きだよ。少なくとも他の面子を差し置いて元就君のところに来るくらいには好まれているのだと自惚れて欲しいね」
ふふ、と半兵衛が指先を寄せることで、元就は彼女が初めて紅を注していることに気がついた。戦場でこれほど近くに相対したことは無い。それでも会合で現れる袴姿の半兵衛は、いつだって血色が良かった。碁盤ほどの距離でようやく分かるそれは化粧だったのだ。白粉を叩き、紅を注し、うっすらと頬紅も載せている。香を焚いてもいるらしく、目の前にいる半兵衛からは確かに女の香りがした。石は元就が黒で、半兵衛が白。始めようか、と彼女の声に応えて元就は一手目を打つ。
戦場でも多弁かつ饒舌な半兵衛は、対局中もよく喋る。けれどそれは姦しいのとは異なり、元就が嫌悪する類のものではない。語る内容が政策や布陣のことであり、一般的な女が語る艶めいた、もしくは実の無い話ではないからだろう。興味を引くものも多く、時に元就が言葉を返すとそれが対話に発展していく。半兵衛は博識であり、そして話し運びが上手かった。彼女の戦法のひとつであるにせよ、口下手なことを自覚している元就との間でも不自然な沈黙を作り出さない。特に戦略に関しては互いに一家言を持っているため、時として碁を打つ手をそっちのけに意見をぶつけ合うことすらあるのだ。言葉にはせずとも、元就は半兵衛と碁を打つことを楽しんでいた。盤上でも口上でも、智謀に満ちた遣り取りは心地よい。冷めた茶で喉を潤し、次の一手を放とうとしたところだった。
「よぉ、毛利! てめぇもたまには鍛錬に混ざれよ!」
「・・・・・・この馬鹿鬼が」
どたどたという騒がしい足音からして察してはいたが、襖を開け放って現れた元親に元就は悪態を吐き捨てる。一手は確かに打てたが、張り巡らされていた緊張感はすでに解けてしまった。動きやすい胴着を纏っている元親は相対している元就と半兵衛に隻眼を瞬き、ずかずかと室内に踏み入ってくる。
「何だ、碁を打ってたのかよ。そんな風に篭ってばっかだから毛利も竹中も白いままなんだよ。男は太陽の下で戦ってなんぼだぜ?」
「生憎と僕は女だよ、元親君」
「おまえは青白いんだから丁度良いだろ。つーか何だ、この盤面。何をどうしたらこんな形になんだ?」
「下等な鬼には理解出来まい。これは我と竹中の技術があってこそ成り立つ碁よ」
「ああ、そうかよ。毛利、てめぇ随分と竹中のことを買ってんだな。ひとりが大好きな日輪崇拝者のくせによ」
元就が反射的に口を噤んだ。しかしそれを補うかのように、白石を置きながら半兵衛が後を継ぐ。
「それは嬉しいな。僕は元就君のことを友達だと思っているからね。認めてもらえるのは光栄なことだよ」
「・・・・・・ふん。我とて、貴様の智謀は認めなくは無い」
「素直じゃないね。だけど元就君はそんなところが可愛いと思わないかい? ねぇ、元親君」
「俺はてめぇらの神経が理解できねぇ・・・・」
「ああ、それと先に言っておくけれど、僕と元親君は友達じゃないよ。知り合いの武将程度かな」
「我とて貴様とは友人ではないぞ、長曾我部。貴様は知り合いの馬鹿鬼で十分だ」
「だから何なんだよてめぇらはよ! ったく、何で智将ってのはこんなに性格が悪いんだ!?」
がぁ、と怒鳴って頭を抱える元親に元就は満足げに鼻を鳴らす。対面では半兵衛も肩を竦めていて、視線が合って密やかに笑みを交わした。元就はこういった時間が嫌いではないのだ。戦いの代償にしては悪くない。
仲良し智将。
2009年7月26日