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燃え尽きろ、星よ





風圧が仮面を掠って、紫の蝶は空を舞った。その下、現れた素顔に伊達政宗は息を呑まずにはいられなかった。白銀の、月光を思わせる髪が散り、病的に青褪めた額に落ちてくる様さえ芸術的に見えてならない。それほどまでに美しかった。美しかったのだ。竹中半兵衛という、敵将の女の素顔は。
「Oh・・・! You are so beautiful・・・」
「Thanks, but I've heard enough of it」
思わず唇から漏れた感嘆に、滑らかな応答が返される。聞き飽きているというつれない返事ではあったが、それよりも異国語の会話が通じる方に政宗は驚いた。隻眼を見張れば容易く検討がついたのか、半兵衛は洋装に包まれた肩を軽く竦める。
「豊臣の本拠地である大阪は商人の都だ。異国語くらい嗜みのひとつだよ」
「Ha! 軍師様は何でも出来るってか」
「少なくとも君の右目よりは優秀だという自負があるね。奥州は冬は雪で出歩けず城に篭るしかないと聞いているけれど本当かい?」
挑発に挑発で返される。しかも言外に田舎者だと詰られ、政宗は反射的に眉を顰めて怒りを湛えた。この豊臣軍の軍師は、戦闘中でも言葉を操って相手を貶めるのが戦術だ。巧みに相手の心を突き、傷を曝け出し、深く抉る。少なからず喜ばしくない過去を抱いている政宗にとっては、相対するのに決して気を抜くことの出来ない武将だ。
上杉を破り、武田と伊達の戦に割り入ってきた豊臣によって戦局が混乱している。立ち昇る炎と視界を奪う光の量からいって、信玄と幸村の相手を秀吉が務めているのだろう。そして政宗の相手が、目の前のこの半兵衛だ。小十郎は不意を衝かれて傷を負い、すでに戦線を離脱している。なるほど悪くねぇ戦略だ。舌打ちと共に政宗は心中で敵を褒めた。
「てめぇみたいな女が何で戦場に立ってる? 家柄だって悪くねぇだろ。とっととどっかの武家に嫁にでもいけよ」
「相変わらず愚かだね、政宗君。僕が戦場に立つ意味なんて、秀吉のため以外に何かあるとでも?」
「惚れてんのか、あの男に」
「―――吐き気がするよ。侮辱も大概にしてもらいたい」
細い眉が不快に顰められ、それすらも仮面のない今は明らかな美貌を見せ付けるだけでしかない。白い洋装は細身の身体を強調していて、片方の肩にかけられているマントの下、胸元にはうっすらとした隆起が見られる。さらしでも巻いているのだろう。かすがや濃姫のように色香を前面に押し出すのではなく、かといってお市のように女らしさを見せ付けるでもない。まつのような包容力も、いつきのようなあどけなさもない。あくまで清廉とし、ひとりでまっすぐに立つ姿は折れそうなくらい儚いのに、誰をも寄せ付けない硬質に満ちている。これもまた女の魅力のひとつだろう。感心しながら眺めていれば、右手に持つ関節剣を揺らして半兵衛が睥睨するように政宗を見据える。
「君といい慶次君といい、どうして男と女の間には恋慕しか存在しないと考えるのかな。そんな下卑た心情は僕には理解しかねるよ」
「そりゃ世の中には男と女しかいねぇからだろ。女は男に、男は女につがうように作られてんだ」
「性別の前に人間という大前提があることを忘れているね。僕は秀吉の男性的な面に惹かれているわけじゃない。彼の人間性に惚れているんだよ。妻ではなく理解者になりたい。そう願う僕の高潔な心を、どうやら君たちは理解してくれないらしい」
くすりと半兵衛は笑う。それはやはり嘲笑ではあったが、驚くほどに美しい笑みでもあった。彼女は政宗の出会ってきたどの女武人よりもよく喋る。それが戦術なのだろうけれども、耳障りの良い声だからこそ遮ろうと思わないのもまた彼女の手の内なのだろう。いい女だ。素顔を目の当たりにしたときも思ったことを、政宗は再度感じた。いい女だ。艶があって、理知的で、腕も立つし、何より個を確立している。口が悪いのがまた良い。付き従うだけの女にはない、緊迫した遣り取りが政宗の性に合う。
「Hey lady. 仮面なんかつけんなよ。素顔の方がよっぽど魅力的だぜ?」
「生憎と賛辞は贈られ慣れているんでね。顔だけ見て寄って来る輩もいるし、全くいい迷惑だよ」
「俺をそこらの野郎と一緒にするんじゃねぇよ。なぁ、豊臣なんか見限って奥州に来いよ。Let's get married!」
「・・・・・・悪いけれど、青臭い餓鬼に興味はなくてね」
すっと半兵衛の表情から色が消える。しなやかに地を打った鞭は周囲を切り裂くような音を立て、否が応にも政宗の興奮を掻き立てる。六爪を抜き、政宗も構えた。遠くで炎と光がぶつかり合い、派手な火柱が上がる。
「Okay! 竹中半兵衛、負けたらてめぇは俺のもんだ」
「奇遇だね。僕も男を躾けるのは得意なんだ。秀吉のために生きるよう調教してあげるよ、政宗君」
「Here we go! Let' party!」
地を蹴って、稲妻と闇がぶつかり合う。肉薄した距離で見る美貌には覇気があり、焼き尽くすほど決意が強さとなって飛んでくる。悪くない、と政宗は笑った。こいつの銀髪は青に映える。そんなことを考えながら。





半兵衛様が好き。ダテムネは虐めたい。足蹴に、げふげふ。
2009年7月6日