「え・・・・・・?」
笑みを戸惑いに変えたレヴィに、エドワードはもう一度繰り返した。
「俺は明日、イーストシティを去る。旅に出るんだ」
それはずっと前、それこそレヴィと出会う前から決めていた予定で、すでに列車のチケットも取ってある。
当面イーストシティで調べたかったことは、あらかた調べ終えた。
ロイからの情報で北部に人体錬成をしたことのあると言われている人物がいると聞き、今度はそちらへ向かう。
情報の真偽を確かめ、それが本当ならば方法を教えてもらうために。
「そっ・・・かぁ・・・・・・」
しばらくエドワードを見つめていたレヴィは、彼の意志が強いことを知ったのか、俯いて呟く。
結わかれている黒髪が彼女の表情を隠すのを、エドワードは黙って見つめていた。
レヴィの手の中のバスケットが小さく揺れる。きつくそれを抱きしめる様子が、見ていて苦しかった。
彼女の望んでいることを知っていた。そしてそれはまた。
「明日・・・・・・見送り、行ってもいい?」
顔を上げて微笑む様子は、無理しているのがありありと窺えた。
だからエドワードは出来る限り優しく笑う。
「―――あぁ、もちろん」
頷くエドワードは、レヴィの望んでいることを知っていた。
そしてそれはまた、彼自身の願いでもあった。
レヴィヤタン
朝も昼も夕も夜も
ずっと君といられればいいのに。
来なくてもいいと願うほどに時間は早く過ぎていく。
ざわざわと賑やかなホームには、十分後に発車する列車に乗り込む人々で溢れていた。
アルフォンスを先に座らせ、鞄を自分の座席に置いてからエドワードは再びホームに降りる。
周囲を見回し、黒髪を求めて人の波を縫うように進む。
しばらくそれを続けた後、壁際のベンチに探していた姿を見つけ、小走りで駆け寄った。
「・・・・・・レヴィ」
俯きがちに目を伏せていた少女が顔を上げる。
その瞳が揺れていて、エドワードは苦笑しながら隣にこしかけた。
「何だよ、見送りに来てくれたんだろ?」
軽口めいて言えば、レヴィはこくんと首を縦に振る。
今日も二つに結わかれている黒髪が揺れ、白いカーディガンの上を流れた。
オレンジ色のワンピースと、その太腿の上で抱えられているバスケット。
この一週間、毎日見ていたそれにエドワードは目を瞬いた。
「・・・・・・それ、俺に?」
聞けば、もう一度華奢な首が縦に振られる。
「・・・列車の中で、お腹すくんじゃないかと思って・・・・・・」
「サンキュ」
差し出されたバスケットを受け取る。
レヴィの作るお弁当は毎回とても美味しかった。サンドイッチもおにぎりも、ケーキなどのおやつも何もかも。
エドワードが純粋に彼女の作ったシチューを食べてみたい、と思うほどの腕前だった。
ロイに言われなくても判っていた。
レヴィの視線や仕種、行動がすべて自分に向けられていることくらい。
――――――好かれていることくらい、エドワードにだって判っていた。
だからこそ。
だから、こそ。
「・・・あたしも・・・・・・エドと一緒に行きたい・・・・・・」
雑踏にかき消されそうな小さな呟きに、強く彼女の手を握った。
出発五分前を知らせる、汽笛が鳴る。
手の中に確かなバスケットがある。
だけど。
だけど。
「―――ダメだ。俺とおまえは、どう足掻いたって一緒にはいられないんだから」
慌ただしく人々が列車に乗り込んでいく。
車窓から身を乗り出し、別れを告げる。握手して、抱き合って、再会を誓う。
多くの人々がそうしている中で、エドワードは隣の存在の、白く細い手を握る。
彼女の存在を、己に刻み込むように。
弾かれたように顔を上げた彼女と、瞳を合わせて。
傍から彼らを見ている人たちは、きっと可愛らしい恋人たちの様子に微笑ましく思っただろう。
だけど本当は違った。彼らは子供ではなく、恋人ではない。
くしゃりと泣きそうに顔を歪めたレヴィに、エドワードは微笑む。
彼女の手を握っているのとは逆の手で、そっとその頬に手を伸ばした。
見つめる瞳はひどく優しい。
だからこそますます泣きそうになってしまう。
想いが溢れて、己を恨む。
「『レヴィ』の本当の名称は『レヴィヤタン』。古代キリスト神話に出てくる、元は天使だったとされる悪魔」
あぁ、と絶望にも似た吐息が唇から零れる。
エドワードはとても優しく微笑んで、彼女の頬を撫でた。
体温があった。温かかった。だから嘘じゃない。
「『レヴィヤタン』は七つの大罪の一つ、『嫉妬』を司る」
互いに手をきつく握り合った。
「そうだろ? ・・・・・・・・・エンヴィー」
汽笛が鳴る。ホームを人が駆けていく。
兄さん、と呼ぶ声が聞こえた。
―――行ってしまう。
行ってしまう。行ってしまう。・・・・・・行ってしまう。
別れが来る。穏やかな日々の幕切れが。再びまた、敵対する日常が戻ってくる。
嫌だ。嫌だ、そんなの。心の奥底から思う。
嫌だ。傍にいたい。
「エンヴィー」
エドワードの声が耳を擽る。
小さく笑んですらいるそれに、ふいに胸が苦しくなった。
焦燥が胸を焦がす。ハッと気づいて、これだけは言っておかなくてはと口を開く。
「オチビさ―――・・・・・・っ!」
「―――知ってる」
吸い込まれそうなくらい近くで、目を合わせて微笑むエドワードに息を呑んだ。
その笑みがあまりにも柔らかくて、優しくて。
慈しんでくれているようだったから。
一瞬触れた温もりと、告げられた言葉に意識を丸ごと絡めとられる。
離れていく存在を引き止めることすら出来なかった。
――――――出発を告げる汽笛が鳴る。
動き出した列車に間一髪で乗り込んだエドワードがこちらを振り向いた。
小さく振られる手が、笑顔が、段々と遠ざかって見えなくなっていく。
それをただ立ち尽くして、レヴィは―――エンヴィーは見送っていた。
まだ、エドワードの囁きが耳に残っている。
朝はおはよう、と挨拶して。
昼は一緒にお弁当を食べて。
午後は他愛ない話をしたりして。
夕方は並んで家までの道を歩く。
また明日、と笑顔で別れる。
そんな関係になりたかった。
2004年9月22日