ご存知のとおり、マース・ヒューズは調査部の人間である。
それも国家の中心、『知らないことはない、調べられないこともない』がモットーのセントラル調査部に属している軍人である。
そして彼はその部署の中でも有能なことで評価を得ていた。
つまり、それは。
新しい家族が出来ました。
「つーわけで、おまえらは二週間前からうちの家族だ」
セントラルに来るなり突然そう言われて、エドワードは眉根を顰めた。
彼の隣では、鎧姿のアルフォンスが不思議そうに首を傾げている。
反応一つとってもそれぞれの性格が出ていて、コレはコレで面白いな、などとヒューズは思った。
「よし、分かったところで我が家に帰るぞ、息子ども!」
「えっと、あの、ヒューズ中佐・・・・・・?」
アルフォンスが躊躇いがちに問いかけるが、ヒューズは自然にそれに問い合わず、今だ警戒しているエドワードを担ぎあげた。
お姫様抱っこではなく、子供抱っこでもない。いわゆる『俵持ち』である。
「ん? 相変わらず豆は軽いな。おまえもうちょっと食って肉つけろ」
「―――あぁ!? 誰が視界にも入らなくて踏み潰しそうなほど小さいって!?」
「はっはっは! ガキは威勢良い方が育て甲斐もあるからな」
「はーなーせー!!」
「はっはっはっは!」
ヒューズの肩の上でバタバタと暴れるエドワードは、とても子供みたいで。
アルフォンスはそんな兄に苦笑をしながらも、とりあえずヒューズの後についていった。
到着したのはやはりというか何というか、ヒューズ宅で。
エドワードを担いだままヒューズがベルを鳴らすと、少しの間の後で内側からドアが開かれた。
柔らかく微笑んだ妻・グレイシアと、その娘・エリシアが揃って出迎えて。
「お帰りなさい、あなた。それにエドとアルも」
呼ばれた名前に、「あれ?」とエドワードとアルフォンスは首を傾げた。
確かグレイシアは自分たちのことを、それぞれ「エドワード君」、「アルフォンス君」と呼んでいたはずなのに。
それなのに今は愛称で呼んでいる。
何故だろう、と考えた瞬間、下からはエリシアが嬉しそうに声を上げた。
「おかえりなさいっ! エドおにいちゃん、アルおにいちゃん!」
――――――あぁ、とエルリック兄弟は内心で遠くを見つめた。
どうやらこの家族ごっこからは逃げられないみたいだ、と悟って。
通されたのはリビングで、出てきたコーヒーは客用カップではなく普通のマグカップで。
エドワードは黄色、アルフォンスは青色。それぞれのカップには揃いのスプーンまでついている。
見れば皿もヒューズ家では三つしか必要ないはずなのに、同じものがすべて五個ずつ揃っている。
すべてが五つ。それはきっと。
1→マース・ヒューズ
2→グレイシア・ヒューズ
3→エリシア・ヒューズ
4→エドワード・エルリック・・・・・・?
5→アルフォンス・エルリック・・・・・・?
「違うな。エドワード・ヒューズとアルフォンス・ヒューズだ」
「・・・・・・・・・なおさら違うだろ」
さらりとダメ出しされて、エドワードはソファーを力なくずり下がった。
アルフォンスは苦笑して、けれど食事の必要ない自分の分まで用意してくれたことに内心で喜んでいた。
たとえ『ごっこ』だろうと、家族を得ることが出来るのは嬉しいから。
「で? いきなりコレは何なんだよ、中佐」
出されたドーナツを食べながらエドワードは問う。
用事があったから久しぶりに訪れたセントラルで、出逢い頭に『家族だ』と言われ。
そして拉致に近い状態でヒューズ宅まで連れてこられた。
事情くらい聞いてもいいだろう。というかそれくらい当然だ。
エドワードはそう思って尋ねる。
私服に着替えたヒューズは、妻の入れてくれたコーヒーを飲むことで一呼吸置いて。
「話したとおり、おまえらは二週間前から俺の家族だ」
「・・・・・・何で二週間前からなんですか?」
「俺が養子縁組の申請書類を提出して許可されたのが二週間前だからだ」
「「・・・・・・養子縁組?」」
エルリック兄弟、もといヒューズ家長男&次男の声がハモッた。
ヒューズはそれを楽しそうに笑って。
「あぁ。書類工作は諜報部の十八番だからな」
「書類工作って・・・・・・」
「犯罪だろ、それ」
「違うぞ。ちゃんと大総統にもサインをもらったんだから、立派な家族だ」
「「・・・・・・・・・」」
胸を張って言うようなことじゃない。二人はそう思ったが黙っておいた。
エドワードはドーナツを食べ終わった手を布巾で拭いて、堪えきれない溜息を漏らす。
「・・・・・・あのさぁ、中佐。ふざけるのもいい加減にしろって」
「俺は至極まじめだそ?」
「なおさら悪い」
溜息をつく息子に、急造のパパは片眉を上げた。
「それにおまえらが俺の息子なのは、おまえたちがセントラルにいる間だけだ。ちょっとした家族気分でも味わっとけっていう俺と大総統の粋な計らいだな」
「「・・・・・・」」
何か、何を言っても無駄な気がする。
ヒューズだけならまだしも―――いや、彼だけでも厳しいのだが―――大総統まで一枚噛んでいるという。
言っても無駄だ。もう何も出来ない。
エドワードとアルフォンスはそれを悟り、やはり遠くを見つめて儚く笑った。
けれどそれもヒューズの発した真剣な声音に引き戻されて。
「だが・・・・・・一つ、どうしても避けては通れない問題があってな」
低く、何か大切なことを告げようとしている雰囲気に、エドワードとアルフォンスも身を正した。
ヒューズの唇がゆっくりと開かれていくのに、思わず唾を飲み込んで。
重い空気がリビングに広がった。
ヒューズが口を開く。
「俺はおまえらに『お父さん』と呼ばれるべきか、それとも『パパ』と呼ばれるべきか、どうしても決められないんだ」
「アンタなんかクソ親父で十分だ―――っ!!」
とりあえずはそんなこんなで。
エドワードとアルフォンスは、セントラルにいる間だけ、戸籍上でも立派な家族を手に入れたのだった。
2004年3月21日