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本当は、本当は。
・・・・・・・・・本当は。





金色の記憶





部屋の中、まるで消えてなくなりたいかのように、身を小さく縮めて、膝を抱えている子供。
きつく膝に顔を押し当てているから、金色の瞳が見えない。
太陽のような瞳が、見えない。
「―――・・・・・・」
口を開いて言葉を選ぶよりも早く。
「出てけ」
くぐもった、硬い声が届いた。
今にも泣きそうな、それでいて冷ややかな声音にエンヴィーは目を細める。
金色の髪は見えるけれど、瞳は見えない。
小さな小さな錬金術師。
明日死ぬ、人柱。
手をつけられていない食事を一瞥し、エンヴィーは膝をついた。
「オチビさん。ちょっとくらい食べてよ」
膝を抱える少年からは、何の反応も返されない。
すべてを拒むように、ただきつく己の身体を抱きしめて。
鋼の手足さえも、慈しむように。
「どうせ明日死ぬんでもさ、今日は精一杯楽しまなきゃ」
吐く言葉の、何て意味のないこと。
彼はもうこの部屋から出られない。今日をこの部屋で過ごし、明日出るときは死ぬときだ。
逃げる気はないと彼自身言ったし、周囲もそれを信じたけれど。
それでも望んで、彼はこの部屋に囚われた。
もう会えないと、呟いて。

アルにはもう、会えない

会ったら覚悟が鈍る。別れられなくなる。
決して言葉にはされなかったが、その想いは伝わった。
だからこそ、一室が用意されて。
小さな錬金術師は閉じこもった。
さよならを告げる世界から、己の内へと。



石が、できる。
長年の願いが報われる。
ホーエンハイムの、エンヴィーの、ラストの、グラトニーの。
研究者とホムンクルスの積年の望みが。
明日、果たされる。

エドワード・エルリックの犠牲と共に。



小さな身体を抱きこんで、小さく小さく丸くなって。
誰にも顔を見せずに己だけを抱きしめる人柱。
明日には亡くなってしまうこの身体。
金色の眼を喪うのは惜しいと、エンヴィーは思う。
だけど、かける言葉がない。

彼の命をもってして、人間になる自分には。

「・・・・・・・・・オチビさん」
ずっと、長い間ではない。
四年間は、願ってきた期間からしてみれば、決して長くなんてない。
それでも彼を監視してきたこの年月は、とても長く、そして短かったような気がする。
悲願が明日に迫ったからこそ、そう言えるのか。
エンヴィーには判らなかったけれど。
金色の眼を愛しいと想うくらいには、彼を眺めて過ごしていた。。
「ごめん、オチビさん」
謝るべきじゃないと思うのに、言葉は勝手に溢れてくる。
「ごめん」
「・・・・・・・・・謝るな」
「ごめん、オチビさん」
「俺は、おまえたちのために死ぬんじゃない」
「知ってる。アルフォンス・エルリックのためだよね」
弟の名に、小さな肩がはねた。
カシャン、と金属音が微かに聞こえて、エンヴィーは彼の右腕を見つめる。
この腕と、左足と、弟を元に戻すためだけに生きてきたのに。
得たのは終わり。
自らの命を懸けて得る、弟の身体。
そして喪われる自分。

最も愛している弟から消える、自分自身の記憶。

それを彼が望んだときに、エンヴィーは何故か胸がひどく痛んだ。
やめなよ、と言いたくて、でも言えなくて。
人間になるために、賢者の石を手に入れるためだけに、何度も死んで生きてきたのに。
今更、ホムンクルスの自分が。
やめろと、言いたくなるだなんて。



自分はホムンクルスだから、まだ生きていくことが出来る。
だから本当は、人柱が彼でなくても平気。
またずっと長い間、彼に匹敵する才能を有する錬金術師が誕生するのを待てば。
賢者の石を作ることが出来る。だから。



本当は死なせたくなんてない。
今更そう、思ってしまうだなんて。



愛だとか恋だとか、好きとか嫌いとか。
そんなものじゃない。そんなものじゃない。
ただ、純粋に。

金の眼を見ていたいと思った。
だから。



「―――逃げよう、オチビさん」



腕を掴んで言った言葉に、蹲っていた彼が顔を上げた。
欲しいと望む金色の瞳が自分を捉え、そして。

静かに綻ぶのを、エンヴィーは見た。





2004年7月22日