「マスタング君。キミ、中央から呼び出しかかってるから明日にでも行ってきて」
「はっ!」
東方司令部将軍に言われ、ロイは敬礼をしつつ返事をした。
行けば嫌味を言われてムカつくことにしかならないのだが、行かないわけにはいかない。
これも確実に出世コースを歩んでいるが故についてくる弊害。
ロイはそう己を納得させて、将軍室を出た。
そして外で控えていた優秀な副官を振り返って。
「悪いが中尉、来週―――・・・・・・」
「ハボック少尉をつけますので、留守はお任せ下さい」
セントラルに同行してもらう、と続けようとしたのに、見事先手を打って断られてしまった。
滅多にないニコニコ笑顔のホークアイに、ロイは反論をすることさえ出来なかった。
豆さん、事件です!〜部下はつらいよ〜
「いらっしゃい、エドワード君」
爽やかにそう招かれて、エドワードは微妙に引いた。
しかしガシッと右腕をつかまれて、女性にあるまじき力で室内へと引きずり込まれる。
着ていた赤いコートを一瞬で脱がされると、何か違うものを羽織らされて。
エドワードよりも背の高いホークアイが、身をかがめるようにしてボタンを留めてくれる。
――――――そして。
「現時刻よりマスタング大佐が戻られるまで、東方司令部の指揮官はエドワード・エルリック鋼の錬金術師になります。指揮官に敬礼!」
ホークアイの号令に沿って、執務室にいた軍人全員が額に手を当てて姿勢を正す。
バッと音を立てて行われたそれに、エドワードはポカンと口を丸くした。
そしてまさか、と思って見下ろせば。
「・・・・・・兄さん」
共に司令部を訪れたアルフォンスの途方にくれた声が聞こえる。
「なっ・・・・・・・・・」
絶句して言葉を失うエドワードに、軍人たちはニヤリと笑った。
金色の三つ編みが、着せられた青い軍服の上でぴょこんと揺れて。
「何だこりゃ――――――っ!?」
突然の御指名に、小さな指揮官は絶叫した。
ピッタリサイズの軍服に身を包んだエドワード。
彼は以前にもこうして『東方司令部指揮官』の任に就いたことがあった。
そのときはロイとホークアイが中央に行っていたために不在で、そんな合間を縫って銀行立て籠もり事件が起こったのだ。
対応に慌てふためく軍人たちを、そのとき司令部を訪れていたエドワードが一喝し、彼らの指揮を取ったのである。
その後も数日だけ、ロイが戻ってくるまで司令部の仕事をこなしてはいたのだが。
「何でまたこんなことになってんだよ・・・・・・・・・」
書類に目を通してサインをしながら、エドワードは情けなく呟いた。
次の書類の中には気になる箇所を見つけて、近くの席にいるファルマンを仰ぐ。
「ファルマン准尉、これはもう一回見直すように言っといて。多分、過去ににたような事件が合ったと思う」
「はい、分かりました」
「資料室に記録があったはず。アルなら場所を覚えてると思うから」
「はい」
紙を受け取って執務室を出て行く後ろ姿を見送り、エドワードはまた仕事に戻る。
今は将軍のところに行っているホークアイが戻ってくるまでに、この書類の山を片付けておこうと決めて。
「これはオッケー・・・・・・こっちは・・・要検討だな。大佐ならもうちょっと煮詰めると思うし。次は・・・・・・」
一人でぶつぶつと呟きながらも手際よく仕事を片付けていく。
そしてロイなら溜め込んで三日後に終了するであろうそれらを、エドワードは見事に30分で終わらせてみせた。
ふぅ、と溜息をついたところに紅茶を差し出されて、笑顔でそれを受け取る。
「サンキュ、フュリー曹長」
「ご苦労様です。でもすごいですよね、こんなに早く仕事を片付けちゃうんですから」
「そんなの大佐だって出来るって。ただやらないだけでさ」
それが問題なんだけど、と言って二人して笑う。
もぐもぐとお茶請けのドーナツを咀嚼するエドワードに、フュリーは楽しそうに笑って。
「でも、今回は中尉がすごくエドワード君が来るのを待ってたんですよ」
「・・・・・・中尉が?」
エドワードの脳裏に、司令部を訪れるなりコートを剥いで軍服を着せたホークアイの顔が浮かぶ。
「はい。大佐が出かけられると聞いて、将軍にエドワード君のことをかけ合ったのも中尉ですし」
そして陽気に許可を出したのが将軍でもある。
「ハボック少尉とブレタ少尉に大佐の護衛を任せて、ご自分は司令部に残ると言われて」
ちなみに『任せた=押し付けた』である。
東方司令部で一番強いのは間違いなくリザ・ホークアイだろう。
しかし彼女の矛先がほとんど向くことのないエドワードとフュリーにとって、ホークアイはとても優しくて冷静な頼れる軍人で。
チョコドーナツを食べきって、エドワードは苦笑した。
「大佐、そんなにいつも中尉に怒られてるんだ?」
「そうですねぇ・・・・・・毎日かもしれないです」
「・・・・・・・・・バカ?」
容赦のない言葉にフュリーとしては苦笑するしかない。
しばらくほのぼのとした空気が流れていたそこに、突然乱暴な足音が聞こえてきて、エドワードは眉を顰める。
足音はまっすぐに執務室を目指してきて、勢いよくドアが開かれて。
額に汗を浮かべた憲兵が告げる。
「今・・・・・・っ一番通りで男が女性を切りつけ、そのまま逃亡したと―――・・・・・・っ!」
ガタッと椅子が音を立てた。
「司令部にいるヤツ、連絡員を残して全員出ろ。第一隊と二隊は俺と共に、三隊と四隊は犯人の行方を追え。残りは住民の避難および通りの閉鎖、それと検問につけ」
ハンガーにかかっていた小さなコートを取って、執務室を出る。
同じくして連絡を受けたのか、走ってきたホークアイに一つ頷いて。
小さな身体で颯爽と駆ける。
「これ以上の犠牲者は絶対に出すなよ。――――――行け!」
冷静な指揮官の命令が響いた。
一番通りはすでに住民を避難、あるいは隠れさせていたので、人の気配はほとんどない。
女性が襲われたという現場で、生々しい血の跡にエドワードは眉を顰めた。
「現場にいた人々の証言に拠ると、男は突然コートからナイフを取り出し、女性に切りつけたようです」
ホークアイの淡々とした声が短い間に集めてきた情報を伝える。
「犯人はそのまま逃亡。二番通りの方向に向かったらしいので、そちらの検問を強めています」
「女性の容態は?」
「脇腹を切りつけられ・・・・・・・・・全治一ヶ月とのことです」
「―――わかった」
一瞬だけ目を伏せて、そして眼差しを上げる。
強い光が怒りを押し殺しているのを見て、ホークアイはその横顔に嘆息した。
個人の怒りではなく、指揮官としての冷静さを押し出してくれるエドワードに安心して、そして感謝して。
上司たるに相応しいと、内心で深く思う。
「犯人と女性の間に関係は?」
「今のところそれらしいものはありません。通りすがりの犯行かと思われます」
最低だな、と呟きかけてエドワードは唇を噛んだ。
今は指揮官の立場にいるのだから、感情的な言動は取れない。しかも、現場だからこそ尚更。
「―――――鋼の錬金術師殿っ!」
車に乗せている通信機を扱っていたフュリーが慌てたように声をあげる。
「犯人の男が三番通りの検問で引っかかりました! 今は役所の方に逃亡したと―――・・・・・・!」
「東から回り込め! 第三隊に南から来るように伝えろ!」
それだけ命令すると自身も回されてきた車に乗り込む。
ホークアイが乱暴にハンドルを切り、エドワードの軽い体が車内を舞った。
犯人が入っていったという建物にたどり着き、エドワードは車を降りた。
その場にいた軍人たちに軽く頷いて、束の間の副官を振り返る。
「中尉は―――・・・・・・」
「一緒に行きます。上官を一人で行かすことは出来ないわ」
「・・・・・・って言うと思った」
かすかに笑んだエドワードに、ホークアイも小さく笑みを浮かべて。
だからこそ、言い放つ。
「東方司令部指揮官として命令する。ホークアイ中尉およびその他の兵はこの建物の周囲を囲め。俺が追い詰めるから、もし犯人が来たらすぐに捕獲しろ」
「―――エドワード君!」
「命令。今の指揮官は俺だから、絶対に従ってもらう」
なおも言い募ろうとする相手に今度は優しく微笑んで、エドワードは手を振る。
「大丈夫だって」
じゃあ行ってくる、と軍服の裾を翻して駆け出した指揮官の後を、ホークアイは追うことが出来なかった。
――――――そして。
「ちゃんと犯人を捕まえてくるんですから、エドワードさんらしいですよね・・・・・・」
溜息を吐きだしたフュリーに、ファルマンをはじめとした軍人たちが一様に頷く。
「それで今は?」
「エドワードさんなら、アルフォンス君に怒られてます」
「中尉は何も言えないでしょう。仮にも今の彼は上司ですから」
「そうですよね・・・・・・」
再度つかれた溜息が、執務室に落ちて消えた。
ちなみに今現在、彼らは先ほど解決したばかりの事件の報告書に追われている。
女性が切りつけられ、犯人は逃亡し、建物内に逃げ込み、エドワードに捕縛された。
それはもう、顔に見事な殴られた跡をつけて、気絶した状態で。
犯人を引きずりながら出てきたエドワードに、周囲は思わず要らぬ心配をしてしまったとさえ思ってしまった。
とりあえず、事件はエドワード・エルリック指揮官の下で無事に解決したのである。
――――――かすかな心配を残して。
はぁ、と何度目になるか判らない溜息が響く。
「エドワードさんがあんなじゃ、アルフォンス君は大変ですね」
フュリーがポツリと呟いた。
エドワードは責任感が強くて、実際に力もあるからこそ、他人の心配など知らずに走っていってしまう。
一度立ち会っただけの自分たちでさえこう思うのだから、常に一緒にいるアルフォンスは堪ったものじゃないだろう。
「大佐とどちらがマシかというところでしょう」
「どっちもマシじゃないです・・・・・・」
仕事を限界まで溜め込むロイと、現場では自ら危険に向かうエドワード。
どちらも上司としてはとても優秀だけれど、ひどく心臓に悪い。
フュリーとファルマンは揃って肩を落とすのだった。
「―――というわけで、今後はエドワード君にデスク業務、大佐には現場をお願いします」
転んでもタダでは起きない。
ホークアイはバインダーを読み上げながら、上司二名に向かって言った。
しかし言われた方としては気軽に頷くことの出来ない内容であって。
「―――って中尉! 大佐も帰ってきたし俺はもう出発したいんだけど!」
「とりあえずこの書類の山を片付けてからにしてもらえる? エドワード君がアルフォンス君に叱られていたから、その間に終わらなかった仕事なの」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・やらせて頂きます」
「ちゅ、中尉。私は・・・・・・?」
「大佐は事件が起こるまでどうぞごゆっくりしていらして下さい。もちろん、エドワード君の邪魔はしないように」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「お返事は?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ィャ」
「―――大佐?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すいません、分かりました・・・・・・」
仕事が出来ないよりもエドワードに構えない&構ってもらえない方が悲しい。
けれどニッコリ笑顔のホークアイに逆らうなんて命知らずなことが出来るわけもなく、ロイは泣く泣く頷いた。
そして二人は哀愁たっぷりの背中を見せながら、それぞれの持ち場へと帰っていく。
エドワードは仕事を、ロイは暇を潰し始めるのを確認して、ホークアイは切ない溜息を漏らして。
「エドワード君と大佐を足して割れればいいのに・・・・・・」
あの二人にもしも子供が生まれたら、そのときは絶対に東方司令部指揮官にしよう。
本気で誓うホークアイは、上司に恵まれずかなり苦労しているのかもしれなかった。
この話は『君の名前を呼んだ後に』の10万ヒット御礼フリー小説でした。現在は配布を終了しております。
2004年3月12日