雨ならば無能だけれど、雪ならば大活躍。
冬場のロイ・マスタングは大人気。
Love in the snow
最低限の暖房がかけられている室内で、のんびりとした声が上がる。
「大佐ー除雪頼みますって」
「嫌だ」
答えるはロイ・マスタング東方司令部司令官(29歳)。
けれど彼の部下であるハボックは変わらずに続ける。
「いいじゃないっすか。その発火布でパチンッてやればすぐ終りますって」
「その錬成にどれだけの時間がかかると思っている」
「寒いのが嫌いなのは知ってますけど、頼みますよ。メインストリートだけでいいっすから」
「今からコートを着て執務室を出て廊下を歩いて門でチェックカードを通して車に乗って道路を走って。ほら、ものすごい時間のロスだ」
「除雪してないから車は動かないっすよ。さらに時間がプラスです」
「尚更嫌だ」
眉間に皺を寄せながらロイは黙々と書類にサインを走らせる。
いつもなら真面目に仕事をすることはないのに、今日はよっぽど外に出るのが嫌なのか、ロイは自ら望んで書類処理に当たっていた。
しかしハボックは銜えたままの煙草を吹かせて尚も続ける。
「大佐ー」
「い・や・だ!」
「子供っすか、アンタは。――――――まぁ、それならそれでいいっすけどね」
一転して引っ込められた言葉にロイは書類から顔を上げて、ハボックを見た。
訝しい眼差しを向ける先では、いつもと変わらない飄々とした部下が笑っている。
そういやコイツは性格が捻じ曲がっていたな、とロイが思い返した瞬間に、当の相手はニヤリと唇を緩めた。
「大将の乗った電車、雪で駅まで到着できないみたいなんスよねー」
「さぁハボック少尉! 軍人たるもの大衆の為に働こうではないか!!」
パッと立ち上がりコートを手に取り、執務室を出るまで約3秒。
この分ならイーストシティの除雪はものすごい速さで終るだろう。
嬉々として雪の中へと出て行った寒がりな上司に苦笑しながら、ハボックは後を追っていった。
「やぁ鋼の、久し振りだね。前に会ったときから優に三ヶ月は経過しているよ。この長い間、どんなに私が君に会いたかったことか! 君のことを思うだけで仕事は手につかず、私はつい物思いに耽ってしまう。ちなみにこれは私が無能だということではないよ、確かに君への愛に盲目になっていると言うのならばそれはそれで間違いではないが。むしろより良く私を理解してくれていることに嬉しささえ感じてしまうね。あぁ大丈夫、言葉にしてくれなくとも私には判っているよ。君がどんなに私のことを想い愛してくれているのかを」
「・・・・・・・・・・・・・・・中尉ー。この脳みそが雪みたいに溶けてる人、やってもいい?」
「そうね。さすがに許すわ、エドワード君」
「雪が私と君の逢瀬を邪魔するというのならば、この愛で溶かし、雨が私と君のを愛を遮るというのならば、この命で乗り切ろうではないか。たとえ雨の日に私の錬金術が発動しないとしても、君への愛が絶えることは今まで一度たりとも、そしてこれからも永久に無い。これだけは確かな心を持って神に誓える。いや、君に誓おう。鋼の、私は君を愛している」
「言ってることがよく判んねーよ、アンタ」
パンッ
切々と愛を語るロイに、エドワードは遠慮なく両手を合わせた。
温かい室内で燃え尽きているロイを尻目に、エドワードはソファーにふんぞり返って紅茶を啜る。
一緒に東方司令部を訪れたアルフォンスは、今は他の面々と共に除雪の後片付けを手伝うと言って出ていってしまったのでこの場にはいない。
皿に出されたドーナツはイーストシティでも美味しいと有名な店のもので、エドワードが来る度に紅茶に添えて出されていた。
実際にはエドワードがいつ来ても良いように、ロイが毎日買って用意しているのだけれども。
三十路に王手をかけている男の想いは、未だ少年には届かない。
「あ、これ新作だ」
語尾に音符でもつけそうな声音に、ロイは徐々に浮上し始める。
「・・・・・先日発売されたマロンドーナツだ。私には少し甘すぎたんだが、君にはちょうど良いんじゃないかな」
「うん、美味い」
「それは良かった」
嬉しそうにドーナツを頬張るエドワードを見て、ロイも甘い微笑を浮かべた。
―――完全復活である。
向かいの椅子に腰掛けながらロイはやはり甘い声で問う。
「天気も天気だし、しばらくはここにいるのだろう?」
先ほど除雪したばかりだというのに、窓の外ではまたチラホラと白い雪が舞い始めている。
エドワードはもぐもぐとドーナツを咀嚼して。
「いや、報告が終ればすぐ次の街に行くつもりだけど」
「そうか、それは残念だな」
快晴のように爽やかな顔でロイは笑う。
「いや何、君がイーストシティで私の傍にいてくれるのなら、この冬はいくらでも除雪の手伝いをしようと思っていたのだが。あぁでも鋼のには鋼のの予定があるから仕方ないな。これからどんどんと積もってくる雪を少尉たちがシャベルを持って必死に脇へ退かすんだろう。腰と足と腕とに疲労を覚えて、それでも自然現象をどうすることも出来ずにせっせと雪かきを続けるのか。私なら指を鳴らすだけで終るのだがな。全身筋肉痛の兵はおそらく仕事に支障も出てしまうだろう。市民からの通報に駆けつける時間が遅くなり、それで救えるはずだった市民の尊い命が必要もないのに削られていく。あぁなんて嘆かわしいことだ。大衆のために在るべき軍人が市民の命を奪ってしまうだなんて。これもすべて鋼のが私を捨ててイーストシティを出て行ってしまうというから」
「・・・・・・アンタは俺を脅す気か」
「すべては愛故さ」
間髪いれずにそう返してきた男に、こんなのが大佐でいいんだろかとエドワードは心底思った。
こんなのが軍人でごめんなさい、と思わず市民の皆様に頭を下げるべきかとさえ考えてしまって。
はぁ、と大きな溜息が唇から漏れる。
「・・・・・・雪の季節が終るまでだからな」
きっと了承するまで脅されつづけるんだろう。そう思いながらエドワードは頷いた。
リズムを刻むかのように書類を片付けていくロイを見やりながら、エドワードはソファーに寝そべる。
立派なデスクの向こうにいる相手は、見ているこっちでさえも上機嫌なことを察知できて。
エドワードとしては思わず尋ねずにはいられない。
「大佐ってさ、俺のこと結構好き?」
「愛しているよ、鋼の」
ドーナツ片手に聞いたのに、雪さえも蕩けさせるような笑みで返された場合どうすれば良いのか。
「・・・・・・あっそ」
とりあえずエドワードは流しておいた。
これから積もるだろう雪を溶かすくらいの愛情ならば応えてもいいかな、なんて思いながら。
ロイの想いが通じるか否かは、彼の除雪能力にかかっている。
この話は『君の名前を呼んだ後に』の50000ヒット御礼フリー小説でした。現在は配布を終了しております。
2004年1月18日