ふむ、とヒューズは顎鬚を撫でながら考えた。
目の前では金色の三つ編みがぴょこぴょこと揺れながら動いている。
小動物みたいだな、なんて感想を抱いて。
「おい、エド」
んー、と気のない返事をして振り返る少年に、ヒューズは真面目な顔をして言った。

「パパって呼んでみ?」

人差し指で、自分を指差しながら。





Call me Daddy





「・・・・・・・・・何バカ言ってんだよ、中佐」
ピクッと口元を引き攣らせながら、エドワードは器用にも笑顔を浮かべた。
それは微笑むというものではなく、目だけは笑っていないという迫力のあるもので。
けれど軍人として経験豊富なヒューズは、そんなエドワードにも臆することなく言葉を続ける。
「だってエド、おまえロイのことを『パパ』って呼んだことがあるんだろ?」
「あー・・・・・・まぁ、あるけど」
「だったら俺のことも『パパ』って呼んでみ? ホラホラ」
ニヤニヤと楽しそうにヒューズが笑う。
エドワードは心底嫌そうに眉根を寄せた。
「中佐には本物の娘がいるんだから、エリシアちゃんに呼んでもらえばいいだろ?」
そりゃそうだ、と当然のようにヒューズは頷く。
「だけど、たまにはこういうのもいいだろ?」
「・・・・・・ひょっとしなくても暇なんだろ、中佐」
「お、良く判ったな」
「判らいでか」
溜息をついてエドワードが手にしていた本を降ろすと、ヒューズは自然な動作でそれを受け取って机に置いた。
優しさが自然な人だと、エドワードは思う。
押し付けることのない親切は自分にはとてもじゃないが真似できない。
何でこんな良い人が大佐の親友なんだろうと考えて、そしてエドワードは頭を軽く横に振った。
・・・・・・こんなイイ人だからこそ、アノ大佐の親友なのだ。
「類友?」
ポツリと呟いた言葉は、ペラペラと本をめくっているヒューズには届いていないようだった。



ヒューズにも聞かれた通り、エドワードは以前にロイを『パパ』と呼んだことがある。
しかしそれは当然のことながら好きで呼んだわけではない。
久しぶりに会ったというのに、自分とアルフォンスを無視してロイが女性達と会話していたからだ。
こちらに気づいていて、指では『邪魔するな』とまで釘刺して。
そんな相手にちょっかいを出さず、何をする?
三角の黒い尻尾が伸びたエドワードは、止める弟を振りきってロイに抱き着いて言ったのだ。
女性達の前で、『パパ』と。

余談だが、その時のロイの顔がとても面白かったというのは、一緒にいたハボックの言である。



椅子を引いて腰掛け、エドワードは本を開いて目を走らせ始める。
向かいの席では、ヒューズがおそらく興味はないだろうに、エドワードの取ってきた本を適当に眺めていて。
それをチラリと上目に覗けば、自分とは違う大人びたヒューズの横顔が見えた。
30歳を来年に控えて落ちつきを感じさせる男の顔つき。
大佐はあんなに童顔なのに、中佐はちゃんと年相応に見える。
エドワードはそんなことを考えながら、機械的にページをめくって内容を頭に叩きこんでいく。
数回それを繰り返して、ふと思った。
自分の考えに我ながら笑みを浮かべてしまい、エドワードはついに顔を上げる。
気づいてこちらを見たヒューズに小さな声で呟いた。

「俺、今度生まれ変わるときは、中佐の子供がいいな」

目を見開いた相手に、エドワードは笑った。



そんなに多くは望まない。
朝は、おはようと挨拶して。
仕事に出かける背中を、いってらっしゃいと見送る。
小さな頃には一緒に風呂に入って。
話をしながら声を上げて笑う。
休みの日には少し朝寝坊して。
晴れた午後にはキャッチボール。
アルと、母親と、四人で一緒に。
笑って、笑って。

そしてその大きな手で、頭を撫でてくれれば。

――――――それだけで良かったのに。



植え付けられたのは果てのない憎しみ。



驚いた表情が同情に染まるのを見たくなくて、エドワードは自ら自嘲的に笑う。
「中佐って、たぶん俺の理想の父親像かも」
「・・・・・・俺ぁ14で子持ちになった覚えはないぞ」
「じゃあアルとセットで養子とか。もしくはエリシアちゃんと結婚して義息子とか?」
「エリシアはおまえなんぞにやらん」
言うと思った、とエドワードが声を上げた。
憮然としていたヒューズは椅子の足を軋ませながらふんぞり返り、次いでニヤリと口元を緩める。
ガタンと音を立てて椅子を戻し、机の向こう側へと腕を伸ばして。
訝しそうに眉を顰めるエドワードの金色の髪を、乱暴にグシャグシャと掻き混ぜた。
「ちょっ何すんだよ!」
あまりの力の強さにエドワードが批難するが、ヒューズは止めずに。
三つ編みがボロボロになった頃にその手を離し、変わりにそっと頭に載せる。
「・・・・・・中佐?」
見上げてくるエドワードに、目を細めて微笑んで。
今度は優しく、その頭を撫でる。
見開かれていく瞳に、嘘などない優しい想いでヒューズは言った。
「エリシアは嫁にやれんが、おまえとアルは息子にしてやる」
愛しいと思う子供たちに。



「だから素直に甘えとけ」



顔が歪むのが自分でも判って、エドワードは俯いた。
再度頭を撫でてくる手の大きさを改めて実感して、何だか急に切なくなってしまって。
優しさが滲みて、胸が苦しくなって。
「・・・・・・『パパ』とだけは呼ばねぇからな」
やっとのことで言った文句に、ヒューズは楽しそうに笑った。
不貞腐れているエドワードを、まるで父親がするかのように抱き寄せてやって。
ポンポンと、頭を撫でる。
しばらくの間、エドワードはされるがままにしていた。



セントラルにあるヒューズ宅を訪れたロイが、「うちの息子はおまえなんぞにやらん!」と言われるのは、また別の話。





2003年12月19日