朝食の前に、彼の人物は紹介された。
規律正しく整列した軍人候補生の前で。
柔らかな金髪をした穏やかそうな男と、その人物よりも背の低い、鮮やかな金髪を三つ編みにしている男。
「こちらは東方司令部の司令官、エドワード・エルリック大佐、ならびにアルフォンス・エルリック中佐であられる! この度は南部への戦線へ参加される途中で立ち寄られた! 皆、敬礼っ!!」
バッと並び立つ生徒たちの手が挙げられて。
それを楽しそうに眺めて、金の三つ編みを持った男が笑う。
ロイの睨むような視線を受けて、エドワードはさらに楽しそうに唇を歪めた。
fly me to the moon
エドワード・エルリック。
鋼の錬金術師。
東方司令部の司令官。
戦列での勲章は数知れず。
二年前に決着した、イシュヴァール戦の生き残り。
弟のアルフォンス・エルリックとの絶妙なコンビネーション。
優秀な、軍人。
突然現れた、仕官学校の生徒たちからすれば雲の上のような存在に、知っている限りの、流されている限りの噂が飛び交っている。
ヒューズは片手の銃に弾薬を詰め替えながら言った。
「29歳だとさ」
パァンッと、ロイの放った弾が的の中央へと穴を開ける。
「誰がだ?」
リボルバーを回して、もう一発。
「あのエルリック大佐が、だよ」
空の薬莢が飛び跳ねて床へと転がる。
「ずいぶん幼く見える」
「だよな。どう見たって20そこそこだろ」
「エルリック中佐の方が兄に見えた」
「それも納得だ」
ヒューズは軽く笑いながら、両腕を上げて的へ狙いを定めた。
逆にロイは弾のなくなった銃を降ろし、今度はオートマチックを取り出して弾丸を確かめる。
かすかな時間の合間を縫って、ロイの脳裏には件の人物の姿が浮かび上がった。
今朝方紹介された、太陽のような金色ではなく。
――――――深夜に出遭った、月のような金が。
構えて引き金を引きながら、ロイは昨夜のことを思い返していた。
真っ暗な夜。風が吹いていた。
金色の髪と、黒のコートが揺れていた。
目がまっすぐにロイを捕らえていて。
余裕ある態度を崩さない相手に、ひどく悔しさを覚えた。
「おまえ、名前は?」
問われれば、どんなに嫌でも答えないわけにはいかなかった。
自分は仕官学校の一軍人候補生。
相手はすでに立派な軍人。しかも階級は大佐。
軍において階級は絶対だったし、それにロイは目の前にいるエドワード・エルリックに敵わないであろう自分を判っていた。
大人しく名乗ればいい、それだけの話。
――――――けれど。
「・・・・・・俺を反逆罪で捕まえたいのでしたら、名前なんか聞く必要もないでしょう?」
ロイが口にしたのは、考えていたのことは真逆のことだった。
すでに自分は、この男に『必ず、大総統まで昇り詰めてやる』という言葉を聞かれている。
ならば良い子に従ってやる必要などない。
相手をここで遣り込めて黙らせるか、もしくは自分が消されるか。
零か、百か。それしかないから。
勝負を仕掛けたロイとは逆に、エドワードは軽く笑みを浮かべた。
「だって将来は大総統になるんだろ? だったら上司になる奴の名前くらい覚えておかなきゃな」
「・・・・・・・・・」
「しかも、俺と同じ錬金術師。まぁ、まだまだ実力は無いみたいだけど」
見られた、とロイは再度眉間に皺を寄せた。
先程、月に向かって起こした焔。やはりあんな愚かな真似はしなければよかった。
それ以前に、誘われるように外になんて出なければ良かった。
後悔してもすべてが今更。
「もう一回聞いてやるよ。おまえ、名前は?」
今度は答えないわけにはいかず、ロイは拳を握り締めながら名乗る。
「・・・・・・ロイ・マスタングです」
「いくつ?」
「・・・・・・15」
「へぇ、若いな」
そう言った本人こそ、ロイの目には20歳くらいの青年にしか見えない。
その年で大佐という地位にあるのは信じられず、だからこそエドワードの力をより一層強いものとさせる。
月に映える金色の髪は長く、編みこまれた三つ編みが夜風に揺れて。
隙の無い立ち姿が美しいと同時に恐ろしかった。
無意識のうちに、ロイの足が一歩後ろへと下がる。
それを見てエドワードは楽しそうに、容姿にそぐわぬ大人びた笑みを浮かべて。
「やれるもんなら、やってみろよ」
涼やかな声が闇に響く。
「あのオヤジを引き摺り下ろしてくれんの、楽しみに待ってるぜ」
エドワードの言った『オヤジ』というのが大総統を指していたこと。
そして言われた台詞の意味にロイが気づくのは、エドワードの姿が完全に見えなくなってからのことだった。
2004年4月18日