消灯時間を迎え、ロイは部屋の入り口にある電気のスイッチを消した。
ベッドへと戻る途中、カーテンの向こう側に星が煌いているのが見える。
ふと思いついて、机の上に乗っている紙を一枚手に取った。
共に手にしたボールペンを軽く走らせて。
錬成陣を、描き出す。
書き上げて、机の上に置いて、素肌の手をその紙に触れさせて。
――――――意識を集中させた。
赤と青い焔が舞いあがり、紙を燃え上がらせて炭へと変えていく。
残ったのは幾ばくかの燃えカスと、少しだけ黒くなってしまった机の表面。
ロイはそれを見て苦々しく舌打ちした。
「・・・・・・まだまだ、だな」
明日の訓練のためにも、もう寝よう。
ロイは至らない自分を切り捨ててベッドへと潜り込んだ。
fly me to the moon
「よぉ、ロイ」
部屋から出てきたところに声をかけられ、ロイは顔を上げた。
見れば隣の部屋から親友のヒューズが出てきたところで。
自分と同じ仕官の制服は、襟もきちんと留められていて、外見からして優秀な軍人候補生であることを予想させた。
もちろんそれは、ロイとて同じ。
「今日はやけに不機嫌だな。何かあったのか?」
「別に」
「まさかまた・・・・・・」
目を細めて、視線だけでヒューズが「止めろ」と言う。
ロイはそれを無視して廊下を歩き始めた。
先輩方とすれ違うときには廊下の端により、頭を下げてやり過ごす。
ヒューズもそれに続きながら、小声で話しかけた。
「・・・・・・少なくとも仕官学校にいるときは錬金術使うの止めろって言っただろ? これ以上睨まれたいのか、おまえは」
「睨まれたところで俺が優秀なのは変わらない。あんな奴らに何が出来る」
「馬鹿、おまえには野望があるんだろ。だったら余計な敵を増やすな」
「俺の邪魔をするなら蹴散らすまでだ」
ロイはそう言い捨てて食堂へのドアを開けた。
一礼して朝食を取りに行く際に向けられる視線は、友好的なものよりも睨みつけるといったものの方が多い。
けれどロイは素知らぬ顔をしてトレーを片手に席へつく。
ヒューズも苦々しく肩を竦めながら、同じテーブルへと腰を下ろした。
生徒全員が揃ってから、祈りと共に号令がかけられて食事が開始される。
彼らのカリキュラムはこうして始まるのだ。
ロイ・マスタングとマース・ヒューズは、共に15歳。
彼らは軍の仕官学校の生徒だった。
最年少で入学してからまだ半年。けれど彼らは頭角を現して、今では教官からも目をかけられている。
年下でありながら優秀な彼らを嫉む輩は多く、二人は勝手な言いがかりをつけられることが良くあった。
ヒューズは持ち前の気立ての良さでそれを交わしていくが、ロイは逆に正面から相手のことを鼻で笑っていて。
「力の無い奴ほど良く吠える」―――――初めてあからさまに陰口を叩かれたときに、ロイが言った台詞である。
傑物だが、リーダーになる人物ではない。
ロイに対する教官の評価はそういうものだった。
夜は就寝時間が来れば、もう外に出てはいけない。
もしもその規則を破れば、それ相応のペナルティーが科せられる。
ロイにとってそれは得策ではなった。
野望を抱いている、彼にとっては。
けれどその日は窓から見える月があまりにも綺麗で。
気がつけば、誘われるように窓を開けていた。
ヒラリと枠を飛び越えて、そのまま音も無く着地する。
寮の裏庭から見上げた月は、窓枠の中よりもずっと美しく見えて。
厳かで、大きく、冷ややか。
届かぬものを見せ付けられた気がして、ロイは眉を顰める。
足元の小枝を拾い上げて、地面に錬成陣を書き上げた。
片膝をついて、手の平を当てて。
・・・・・・この焔が、月までも食らい尽くせと望みながら。
辺りが赤と黄色とオレンジ、そして青に染まる。
立ち上る焔は激しいけれど、決して月には届かない。
そう判っていながらもロイは苦々しく舌打ちした。
自分はこの程度の焔ではない。
「・・・・・・必ず、大総統まで昇り詰めてやる・・・!」
吐き捨てるような誓いが月下に響いた。
風が、吹く。
「へぇ。面白いこと聞いちゃったな」
ハッとしてロイは振り向いた。
足下の砂が音を立てる。
誰もいなかったはずだ。少なくとも、一瞬前までは。
だからこそ自分は部屋から出てきたのだし、気配くらいなら嫌でも気づく。
じゃあ、何だ。
今目の前にいるこの人物は何だ。
「・・・・・・誰だ、貴様」
月明かりの下、黒いコートの相手に向かってロイは問うた。
影はロイよりも頭一つ分背が高い。おそらく年齢も上だろう。
立っているだけの様子なのに隙が全く見つからない。
こんな人物、士官学校では見たことがなかった。
侵入者とするならば、ここまで入ってくることの出来るほどの腕前。
腰元の銃に手を伸ばすロイを見やって、相手は楽しそうに声を上げて笑う。
金色の髪が翻って輝いた。
「俺はエドワード・エルリック。地位は大佐」
青い襟に、いくつもの階級章を載せて。
自信に満ちあふれた豊かな声が、ロイの耳へと届いた。
月光が一瞬だけ相手の顔を覗かせる。
「『鋼の錬金術師』だ。――――――覚えとけ」
それが、ロイとエドワードの出会いだった。
2003年12月9日