部屋に入ってくるなり、手を伸ばされてエドワードは戸惑った。
何だろうと思いながら相手を見上げるが、特に害を与えてくる様子はないのでそのままにしておく。
ロイはエドワードの金色の髪を撫でた後で、前髪を掻き分けて額へと指を寄せた。

ペタリ

「これでよし」
満足げに笑うロイが何をしたいのかが判らず、エドワードは指の離れていった額に手を当てて。
そこに感じる違和感に首を傾げた。
「・・・・・・・・・兄さん」
後ろから覗きこんできた弟の呆気に取られた顔にますます首を傾げて。
ホークアイが差し出してきた手鏡を受け取る。
それを見てようやく意味が判った。



エドワードの額には、『ロイ・マスタング』と名前の書かれたシールが貼られていた。





愛と希望と所有宣言





「――――――で?何がどうしてアンタはこんな愚行に出たんだ?」
パンパンッと両手を払ってエドワードが尋ねた。
床に伏しているロイの左頬には何かに殴られた跡が、そして腹には何かに蹴られた跡が残っている。
けれどその場にいるアルフォンスもホークアイも見て見ぬ振り。
真実は闇に葬られた。
力なく潰れたまま、孤立無援のロイがどうにか答えを紡ぐ。
「ぐ・・・ぐ、愚行ではない」
「じゃあ何だ。10文字以内で言ってみろ」
「愛の」
「くたばれ、変態大佐」
グシャッという音もアルフォンスとホークアイは聞かない振りをした。
・・・・・・合掌。



机の上にある名前シールを呆れた目で見ながら、エドワードは溜息をつく。
「・・・・・・大佐の考えることって判んねぇ」
2×4センチのシールは、学校に初めて入るだろう子供が筆記用具やノートに貼りつけるもの。
題して『お名前シール』。
それに名前を書くことは本来の意義に適っている。確かに正しい。
「問題は、何で大佐の名前が書いてあるシールを俺に貼るかだよな」
「母君に習わなかったのかい?『自分のものには名前を書きなさい』と」
復活したロイは新しいシールを取り出しながら答えた。
「・・・・・・今度こそ死んどくか?」
「君のことが好きだという点以外は冗談だ」
はぁ、とエドワードは大きな溜息をつく。
目の前の大人は、こんな台詞でさえ真顔で言うのだから始末に負えない。
「大佐って、ほんと馬鹿」
君に対してだけだよ、という台詞は聞かないことにした。



とりあえずシールは全部取り上げて、その代わりにホークアイの持ってきた書類を与えて。
泣く泣く仕事を始めるロイを横目に、エドワードはソファーに座って文献を広げ始める。
興味深い個所にチェックを入れようとしてペンを探すと、エドワードの視界に先程のシールが映った。
「・・・・・・・・・」
ちょっとだけ考えて。
手を伸ばして引き寄せて、ボールペンの蓋を外した。



「じゃあ大佐、俺そろそろ宿に戻るから」
エドワードの言葉に、久しぶりに真面目に書類と格闘していたロイが弾かれたように顔を上げる。
「・・・・・・もう行ってしまうのかい?」
「あと3・4日くらい東部にいるつもりだからさ、明日もまた来るよ」
「じゃあ私も明日には時間を作っておこう」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「その沈黙は何かね?」
「いや、別に」
適当に交わして、エドワードはがっしりとした作りのデスクへと近づく。
不思議そうな顔をしているロイに小さく笑って、鋼の右手ではなく温かな左手をかざした。
この部屋に入ったときにロイが自分にしたのと同じように、髪を撫でて、前髪を払って。
小さな感触。
「じゃーな、大佐」
エドワードは手を振って執務室から出ていった。



ぺた、と額に手をやる。
そこには肌の感触ではなく、何か紙のようなものが貼ってあって。
「・・・・・・・・・まさか」
ガラッと引き出しを開けるが手鏡なんてものが入っているわけもなく。
ガタガタと周囲を漁っていると、エドワードが出ていったことで逆にホークアイが戻ってきた。
これ幸い、とロイが顔を上げる。
「中尉!これを見てくれっ」
「は?」
ロイが指差しているのは自分の黒髪に隠されている額。
「いいから何が書いてあるか読み上げてくれたまえ!」
前髪を掻き分けて顔を突きつけてくる上司にホークアイは眉を顰めつつ、とりあえず目の前の額に目を走らせた。
そしてポケットから手鏡を取り出して差し出す。
「・・・・・・ご自分で確認された方が宜しいかと」
それだけ言うと、ホークアイは持っていた書類をそのままに執務室から出ていった。
けれど目の前の・・・・・・というか額の出来事でいっぱいいっぱいなロイは、そんな彼女らしくない行動にも気づかずに。
深い深呼吸を二度繰り返して、決意したように鏡を見つめる。
そして愛しい少年とは正反対の黒髪を、その手でゆっくりと掻き揚げた。
シールが鏡越しにメッセージを告げる。
愛しい愛しいエドワードの筆跡で。



『無能』



泣き崩れる大佐を他所に、たしかにシールにはそう書かれていた。



「アル、このシールやるよ」
「え?だってこれは大佐の・・・」
「あんな馬鹿が持ってる必要なんて全然無し!つーか俺は大佐のものじゃないし」
「じゃあ逆に大佐が兄さんのものなんじゃない?」
「俺はあんな馬鹿いらない」

きっぱりさっぱり言いきったエドワード。
やはり彼らに『お名前シール』は必要ないのだった。





2004年11月25日