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「・・・・・・笑ってくれないんだ」
ロイ・マスタングの言葉に、その場にいたヒューズ・ホークアイ・ハボックはきょとんと目を見開いた。
君色想い
片手に万年筆を持ちながら溜息をついたロイに、執務室にいた三人は互いに視線を交わらせる。
「・・・・・・ロイ、一応聞くが、誰が笑ってくれないんだ?」
親友の質問に、ロイはむすっと彼をねめつけながら答える。
「それを私の口から言わせるのか?」
「まぁ言わせた方がおまえのダメージもでかくて楽しい・・・って冗談だ、冗談!」
おもむろに発火布を取り出したロイを、慌ててヒューズが宥める。
その間にホークアイは仕上げた書類を灰にならないように脇へ寄せて。
「エドワード君でしたら、ちゃんと笑っているように見えますけれども」
「そうっスよね。大口開けて笑うことなんてザラだし・・・」
ハボックも同意したところで、ちょうどタイミングよく扉の向こうから声が響いてきた。
『あはははははっ!フュリー曹長、それマジっ!?』
『あはははは・・・・・・兄さん、笑いすぎ!』
『アルだって笑ってるだろー!?』
何を話しているのかは判らないが、楽しそうなエルリック兄弟の笑い声が、執務室の中にまで届いてくる。
「・・・・・・これのどこが笑ってないんだ?」
心底不思議そうに尋ねてくるヒューズと、同じような表情をしている部下二名に見つめられ、ロイは不貞腐れたようにそっぽ向く。
とても不本意だ、とその顔に書きながら、彼は呟いた。
「・・・・・・・・・私に、笑ってくれないんだ」
<実験1>
「鋼の、君が欲しがっていた資料だ」
ロイは引き出しの中から厚めの封筒を取り出し、机越しのエドに手渡す。
驚いたように目を丸くするエドは、その資料が確かに欲しかったものであることを確認すると、ホッとしたように肩を下ろして。
「サンキュ、大佐」
「いや」
「で?俺は代わりに何をすればいい?」
まっすぐな眼差しでエドが問うた。
<実験2>
「エド、セントラルの土産だ」
ヒューズは机の上に置いてあった菓子を持ち上げて、エドに勧める。
甘い物好きなエドはパァッと顔を輝かせて、その菓子へと足早に近づいていって。
「マジで!?これもらってもいいのかよ、中佐!」
「おお、好きなだけ持ってけ」
「サンキュー!」
喜びにキラキラと嬉しそうに、エドは笑った。
・・・・・・・・・結果、歴然。
「あーこりゃマジだ」
エドが執務室を出て行くと同時に言われたヒューズの納得したような言葉と、部下の深い頷きに、ロイはがっくりと肩を落とした。
欲しいものを与えられたのに、それに対する反応がエドは180度違った。
ロイに対しては「代わりに何をすればいい」と問うて、ヒューズに対しては嬉しそうに笑顔を向ける。
「大将って、大佐に対してはいつもあぁなんスか?」
ハボックの問いかけに、ロイは口をヘの字にして頷きを返す。
「俺なんかは結構笑って話したりするんスけどね」
「私もハボック少尉に同じです」
「俺はまぁ。今の通りだな」
ついさっき見たキラキラと笑うエドの顔が脳裏へと蘇って。
ロイはどうしてだろうと思いながら、目を伏せた。
他人に向けての笑顔じゃ、意味がない。
どうやら段々と暗雲を呼びつつある上司に呆れながら、ホークアイが原因を示唆する。
「大佐は国家錬金術師だからではないでしょうか」
「・・・・・・・・・それが?」
「錬金術師の基本は『等価交換』なのでしょう?でしたら錬金術師同士の遣り取りということで納得がいきます」
なるほど、とロイは考えを巡らす。
たしかに自分とここにいる三人との違いは、錬金術師であるか否かだ。
そして件のエドはロイと同じ錬金術師。
それならば先程の対応にも納得がいく。
・・・・・・・・・笑顔が見れないことに変わりはないのだけれど。
「あとは大佐と大将の初対面が、まだ尾を引いているとか」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「あぁ、それは言えるかもしれないわ」
「俺は見てないっスけど、酷かったんでしょう?」
「ええ」
サクッと頷かれて、ロイは思わず影を背負った。
たしかに自分とエドの出会いは最悪と言えるかもしれないものだった。でも、仕方ないのだ。
それをエドがまだ引きずっているというのなら、先程の対応にも納得がいく。
・・・・・・・・・笑顔が見れないことに変わりはないのだけれど。
結局は同じ答えに行きついてしまうことに落ちこんでいるロイに、ヒューズはコーヒーを飲みながら尋ねた。
「ロイ、おまえは何でエドの笑顔が見たいんだ?」
問いかけられて、ロイは目を丸くする。
エドの笑顔。エドの笑う顔。
それはお日様みたいに温かい。
他人に見せている笑顔でさえあんなに輝いているのだから、それを自分に向けてくれたのなら。
そうしたらきっともっと、嬉しくなれる。
エドの笑顔で幸せになれる。
・・・・・・好きだから。
君のことが好きだから、君の笑顔が見たいんだ。
むっつりと黙り込んでしまったロイに、ヒューズは仕方ないな、と思いながら苦笑して。
「ま、こればっかは長期戦で行くしかないだろ」
ホークアイとハボックも同じように笑って頷く。
「精々頑張って下さいや、大佐」
「仕事に支障が出ない範囲でお願いします」
激励には思えない応援を未処理の書類と共に送られて、ロイは情けない顔をしながら溜息をついた。
「・・・・・・素晴らしい部下を持って嬉しいよ、私は」
上司の一言に三人は笑う。
笑顔を見せて欲しいのは彼らではないのだが、なんて思いながらロイは万年筆を走らせた。
扉の向こうからは、エドの楽しそうな声が聞こえてくる。
君のことが好きだから、君の笑顔が見たいんだ。
2003年11月23日