叶う願いと、叶わない願いがあることを知っている。
この世の理である真理を持ってしても、出来ないことがあると知っている。
ならばせめて、少しでも可能性を上げるためには。
そのためには、何でもすると。
何でもすると、決めているから。
時よ止まれ、おまえは美しい
その日、エドワードはセントラルにある軍の総司令部を訪れていた。
弟のアルフォンスは連れてきていない。彼にはあまり軍に近づいて欲しくないし、軍人である自分を見せたくなかった。
たとえそれが我侭だったとしても。
避けられるものなら、避ける。ただそれだけ。
嫌でも目の当たりにしなきゃいけない事は、他にたくさんあるから。
「エド!」
後ろからかけられた声にエドワードは振り向いた。
セントラルで自分に声をかけてくる人間は片手で収まるほど。
しかもその中で名前を呼ぶ人間とくれば、本当に限られてくる。
青い軍服の人間が絶えず行き来する廊下で、エドワードは向こうから歩いてくるヒューズに笑みを返した。
「中佐」
「よぅ、久しぶりだな。査定でもないのにこんなとこで何やってんだ?」
「うん、まぁ」
苦笑いするエドワードに、ヒューズは不思議そうな顔をする。
自分に力を貸してくれているロイ・マスタングのいる東方司令部以外を、エドワードが自ら進んで訪れることは少ない。
周囲から向けられる好奇の視線を心地よくは思えないから。
それを知っているからこそ、ヒューズはますます首を傾げて。
次いで告げられた言葉に、目を見張った。
「ちょっと、召集されてさ」
つい二日前まで、エルリック兄弟は西部にいた。
今度も十中八九はガセである情報に、けれどそれに縋るしかなく、彼らは街で聞き込みをしていた。
そしてようやく石を見に行くか、というところで囲まれたのである。
青い服を着て、腰に銃を下げている軍人達に。
大総統の金字が捺されている薄っぺらい紙をこんなに厭うたことはない。
兄さん、と呟いたアルフォンスの声だけがやけに耳の奥にこびりついて離れなかった。
覚悟は、していたつもりなのに。
総司令部につれてこられるなりされた話を、今度はエドワードからヒューズへと繰り返す。
彼の部下から渡されたコーヒーを、熱いなんて言いながら口にして。
「別に召集されたといっても前線に出るわけじゃない。軍の新しい銃の開発を手伝ってくれって」
「新型の銃?」
「忘れてる、中佐?俺はこれでも『鋼の錬金術師』だぜ?」
金属関係はお手の物、とエドワードが笑う。
けれどもヒューズはその険しい顔を緩めはせずに。
「・・・・・・受けたのか?」
固い問いかけに、エドワードは苦笑した。
「受けないわけにはいかないから」
それだけ言って、コーヒーを飲む。
難しいガキだ、とヒューズは思う。
目の前にいるエドワードは、ただの子供だ。年齢よりも小柄な子供。
それなのに、その小さな身体には限りない力が秘められている。
ひどくアンバランスなのはその能力だけじゃない。
エドワードは、その中身こそ均一を取れていなかった。
時折とても幼い一面を見せるのに、今のようにすべてを諦めたかのような老人のごとき一面も見せる。
どちらが本当の彼かなんて、ヒューズには判らない。
ただ、目の前には子供がいるという事実だけ。
こんな顔が見たいんじゃねぇ、とヒューズは舌打ちした。
子供が禁忌を犯したことは知っている。
それでも、笑っていて欲しいと思うのだ。
「・・・・・・それ、ロイには言ったのか?」
ヒューズの問いに、エドワードは三つ編みを揺らして首を横に振った。
「何で言わない?」
「言ったって仕方ないだろ?」
エドワードはさらりと答える。
「大佐に何か言ったところで変わることもないだろうし。それに昇進第一の大佐なら喜んで俺を差し出すだろうしな」
「・・・・・・・・・ロイはそんな奴じゃねぇ」
「知ってるよ、それくらい。でも大佐は大佐だ。そして俺は国家錬金術師」
溜息を漏らして、苦笑して。
「覚悟も、してたし」
その顔があまりに大人びていたから、ヒューズは思わずエドワードの頭を抱き寄せた。
「・・・・・・中佐?」
エドワードが戸惑ったように呟く。
腕の中に納まる子供はこんなに小さいのに。
運命は、なんて過酷。
・・・・・・力一杯、生きているのに。
どうして願いは叶わない?
「よっしゃエド!おまえ、今日から俺の家に泊まってけ!」
「はぁ!?」
いきなり肩を抱かれて言われた言葉に、エドワードが目を丸くする。
ヒューズは歯を見せて笑いかけて。
「どうせセントラルにいる間は軍の宿泊施設にでも泊まるつもりだったんだろ?だったら俺の家に来い!可愛いマイ・ドーター、エリシアちゃんの遊び相手をさせてやろう!」
「遊び相手って、中佐」
「ん?なんだ、不満か?」
「いや、不満ってわけじゃないけど」
そこで一度言葉を切ったエドワードを制して、ヒューズが言った。
「迷惑とか考えてんじゃねーぞ?甘えられるときは大人しく甘えとけ」
困ったように視線をさ迷わせるエドワードに、不器用だな、なんて思いながら。
乱暴な仕草で金色の髪の毛をかき混ぜる。
「俺は錬金術師じゃねぇから等価交換なんてケチなことは言わねぇ。・・・・・・ただ」
見上げてくる子供に、まるで娘に見せるような顔をして。
「俺といるときは、笑っとけ」
エドワードの眉間に刻まれている皺を指で突ついて、ヒューズは笑った。
どうしようもない子供だ、なんて思いながら。
今日は一緒に帰るように半ば無理やり約束させて、ヒューズは研究室に行くというエドワードと別れた。
自分もそのまままっすぐに執務室へ戻ると、おもむろに受話器を取り上げて。
「―――セントラル調査部のマース・ヒューズだ。マスタング大佐に繋いでくれ」
電話交換士の事務的な声を聞きながら、ヒューズは小さく口元を緩めた。
エドワードはあぁ言っていたけれど、これくらいのことは許されるだろう。
受話器越しに、東部にいる親友の声が聞こえてきて。
ヒューズは笑みを浮かべたまま話を切り出す。
「なぁロイ。おまえの持ってる資料をセントラルの研究室に貸し出さないか?」
せめて一分でも早く仕事を終えて、エドワードが弟の元に帰れるように。
そのための環境整備くらいならいくらでも力を尽くそう。
何なら非番の親友を無理やり研究室に押し込んだっていい。
電話の向こうで訝しんでいるらしい相手にヒューズは笑う。
エドワードが笑顔なら、それでいい。
2003年11月22日