職務怠慢だと、エドワードは思った。
これは頂けない。いったい軍は何をしているんだ。しかもイーストシティのこんなお膝元で。
エドワードは溜息をつきたいのを、知り合いへの悪口を考えることでどうにか堪えた。
目の前には柄の悪そうな男が二人。
「だから言ってんだろ?痛い目に遭いたくなけりゃ金を出せって」
「どうせ親からもらってんだろー?ホラ、さっさとしろよ」
金なんか銀行に預けてあるから持ってないし、親はもらう以前の問題。
仕方ないから拳で片付けるかな、なんて考えたときに、その影は裏路地へと現れた。

「・・・・・・何やってんだ、大将」

軍服ではないから一瞬判らなかったけれど、ぷかぷかと漂う煙草の煙と、背の高さにようやく気付いて。

「――――――ハボック少尉!」

正義の味方、ヒロインのピンチに大登場。





インスタント・ラヴァーズ





ハボックの手の中にある紙袋が揺れるたびにガサゴソと音を立てる。
「大将、東部に来るなら前もって連絡しろって大佐に言われてないのか?」
上から降って来るような言葉に、エドワードは店先を冷やかしながら言葉を返す。
「言われたけど忘れた」
「じゃあこれは教訓になるな。大佐なら今日はいないぞ」
「・・・・・・マジ?」
呆気にとられたように顔を上げたエドワードに、ハボックはわざと真面目な顔を作って。
「マスタング大佐は昨日からセントラルに行かれまして、お帰りは明後日のご予定です」
「・・・・・・少尉は置いてきぼり?」
「留守番って言え。まぁ今回は中尉がついていったからな」
お守に、と付け加えられた言葉にエドワードが笑う。
次いで困ったように頬を掻いた。
「何だ・・・・・・いないのか」
「何か用でもあったのか?」
「なけりゃ来ないよ。ちょっと文献が借りたくってさ。アルには明日帰るって言ってきたのに・・・」
はぁ、と大きく吐き出された溜息に笑って、ハボックは手の中の紙袋を持ち直す。

「じゃあウチに来るか」

その言葉に、エドワードはきょとんと目を丸くした。



ガチャ、と鍵が音を立てて扉を開く。
「軍の寮だから大佐の家とは比べ物にならないけどな。大将一人くらいなら泊められるぜ」
ホラよ、と勧められてエドワードが恐る恐ると部屋の中に入る。
「お、お邪魔します」
「へいらっしゃい」
まるで八百屋のような挨拶に思わず吹き出してしまって。
緊張のとれた様子のエドワードを見てから、ハボックは簡易キッチンに紙袋を置く。
その間もエドワードはキョロキョロと部屋の中を見回していて。
「なんだ、結構きれいじゃん」
八畳くらいの部屋の中には、シンプルなベッドとデスク、備え付けのクローゼットくらいしか見当たらない。
あとは冷蔵庫とラジオくらいのもの。
「あんまりココで過ごすってこともないからな」
「オンナのとこ?」
「仕事場ってとこ」
「さみしー!」
あはは、とエドワードが大口を開けて笑う。
それとは反対に、ハボックはどんよりと肩を落として。
「彼女を作っても呼び出しがありゃ行かないわけには行かないし・・・・・・それで何度フラれたことか」
「でも大佐は仕事サボってデートしてるじゃん」
「あの人は別だろ」
一応司令官だし、とついて来た言葉に「一応!」とエドワードは笑って。
そしてポン、と手を叩いた。
「じゃあ今日は俺が少尉の彼女のふりをしてやるよ」
「――――――は!?」
「二日もタダで泊めてもらうんだしな」
ハボックの口から煙草が転げ落ちた。
それにも気にとめず、エドワードは名案といったように満足げに笑って。



「決定!今日の俺は、少尉の彼女っ!」



大佐がいなくてよかった、とハボックは心の底から思った。



「ダーリン、お夕飯は何が食べたい?」
「・・・・・・・・・あのな、大将」
「やーだっエドって呼んで!」
なんだか、なんだか異様にこの状況を楽しんでいるらしいエドワードに、ハボックは脱力しながらも言う通りに名を呼ぶ。
「エド」
「なに、ダーリン?」
「食えるものなら何でもいいから」
「・・・・・・俺をバカにしてるだろ、少尉」
むっと頬を膨らましながらもキッチンに立つエドワードを見ながら少尉は思った。



本当に今日は、『彼女扱い』してもいいのだろうか――――――と。



「俺がメシ作ってる間にダーリンは風呂に入ってきてー」
「へいへい」
やる気なさそうな動作で立ち上がり、すれ違い様にエドワードの頭を撫でる。
「少尉?」
見上げてくる金色の瞳に、意地悪心が働いて。
ちゅっと、甘い音を立てて唇を奪った。
そして『彼女』の耳元でくすぐるように囁く。



「・・・・・・愛してるぜ、エドワード」



瞬間的に真っ赤になってしまったエドワードを満足そうに見遣ってから、言われた通りに風呂へと向かう。
今日は大佐がいなくて本当に良かった、なんて思いながら。
とりあえず今日は束の間の『彼女』を可愛がることにしよう。
ハボックはそう考えて新しい煙草に火をつけた。



第六感を働かせた上司が明日の朝一で帰ってくるなんてことは、露ほどにも知らずに。





<おまけ>

バッと軍服の裾を翻してロイは立ち上がった。
「・・・・・・大佐?どうかされましたか?」
ロイのあまりにも真剣な面持ちに、尋ねるホークアイの声も自然と固くなって。
張りつめるような空気が漂う。
その中でロイが口を開いた。

「鋼のが、東部に来ている」

ちなみに現在の位置(セントラル)から東方司令部までの距離、数百キロ。
化け物かこの人は、とホークアイは考えて、けれどその考えを打ち消した。
そう、ただ単に馬鹿なだけなのだ、自分の上司は。
エドワード馬鹿。
「今すぐ帰るぞ、中尉!」
「お言葉ですが大佐、これから中将と会食の予定です」
「いけ好かない叱責ばかりする男と、奇麗で可愛くて愛らしい鋼のと君はどちらを選ぶのかね!?」
「エドワード君は消えませんが、昇進のチャンスは無くなります」
「だが私の第六感(と書いて友達と読む)が言っている!今、鋼のが危機を迎えていると!」
「・・・・・・ハボック少尉がいるから大事には至らないでしょう。何かあれば連絡も入るでしょうし」
いい加減にイライラしてきたのか、ホークアイがホルスターに手を当てながら忠告する。
「大佐、会食の時間です」
「だから君は・・・・・・っ」

「大佐?」

優秀な部下に適うわけもなく、ロイはまるで売られていく牛のように車へと乗せられていった。
それを見送りながらホークアイは溜息をつく。
「・・・・・・とりあえず、明日一番の列車を予約しておこうかしら」
彼女の判断は正しい。



ただ、この一晩で『彼氏』と『彼女』に何が起こるかは、さすがに判らなかったようだけれども。





この小説は『宇宙色のキモチ。』のみずむらゆたか様&月城恵夢様に献上しました
2003年11月21日